ポッター達に水を盛大に浴びせられた。日常化してしまった悪戯に慣れつつある自身に酷い嫌悪感を覚え、悪戯仕掛け人という莫迦共には勿体ない名を今ではホグワーツ中が知りえている。金魚の糞のようにポッター達の背後について回っている金と赤のネクタイを締めた奴らの笑い。煩わしい、とただでさえべたついてどうにもならない髪の毛が今は額に張り付いて一層可笑しくさせたのか、水浸しの状態とは別に喧しい。
「今日はやり返さないのか、?」
「……」
「スニベルスだから泣いているんだろ、弱虫だな」
嗚呼、また始まったと勝手な決め付けに口元が変形する。何て愚かしい、理解に苦しむ。そう思った処で奴らがそれを改善するとも思えず黙り込み、水浸しになった鞄を抱え向かおうとしていた図書館とは正反対へと歩もうとすればいつの間にやら囲いを作った下僕らは行く手を阻んだ。どこまでいっても不愉快の材料にしか成りえないのかと待ち伏せしていたであろうポッター達に視線を戻した。
「やるか?」
「退いてくれないか」
「厭だね」
「何故だ」
リリーとの仲が拗れてからはましになったとは云えるがそれでも奴等の行動には不愉快さがついて廻った。退けと云われて退かない答え等端から一つと決まっている、面白いからだ。自身よりも劣ったと思う者をこき下ろすのは人間にとって優越感、つまり一種の快楽を得られる手段からして彼等はそれを止める事が出来ない。愚かだと一言に尽きるが、此処でそんな詞を吐いてみろ、直ぐに自身の躯は床に張り付く事になる。自身が非力と云う訳ではない、ローブの下に隠れ、抱いた本の腕先、掌には杖の感触がしかと感じられている。呪いをかけるにしても人数が多過ぎる事から些か弱気な発言なのは眼をつむってくれると有り難い。ポッターが杖を出せ、と云う仕草をすると隣に位置しているブラックが杖を掲げ、まるで弱者の威嚇のようで可笑しい。
負けようがこの際知った事ではないと杖を握る自身の手が些か汗ばんでいた。
ローブの中から引き抜きそれを奴等に向けて呪いをかければ終わりだった筈なのだ、それだと云うのにその好機は一瞬の間にして無くなった。背後から駆けてくるグリフィンドール寮監のマクゴナガルとリリーと善く共に行動していたまた同じグリフィンドール生の女。甲高い声で怒るマクゴナガルに奴等は先程までの威勢はどうしたものか今では顔が青ざめている。まあそれも悪戯仕掛け人と呼ばれる奴等以外の反応だが。後ろに向直ればポッター達だけは運善く逃げたらしく跡形も無く消えていたがマクゴナガルと自身を挟んだ奴等はしかと捕まり寮監の部屋へ連行されていった。
「あ、あの」
「僕に何か用か」
喧騒から開放されやっと図書館へ向かえると思い向かおうとすれば先程の寮監と共にやってきたグリフィンドール生、しつこいようだがリリーと善く行動を共にしている女が遠慮がちに声をかけてきた。寮監を呼んだのはお前かと聞こうと口を開きかければ相手の方が早く大丈夫ですかと尋ねられ、これを如何見たら大丈夫に見えるのだろうと女の頭を疑ったが助けられた手前下手な事は云えず言葉少なに相槌を打った。これが今後この女、との出会いに繋がっていく事は僕自身は愚か、彼女も気が付いていないだろう。
一月が始まって一週間後辺りから機嫌悪くする男を見て私はどうしてなのだろうと考えた。
例えばこの辺りで彼の母か父が死に絶えたとか、学期試験が迫ってくるからとか、嫌いな事が起こるからとか。訳を一から十まで考えてみてどれが一番彼に当てはまるのだろうと思案してみた処で本を抱えて図書館から出てきた彼に出くわす。やあ、とか昨日振りだとか言葉を毎日変えて話しかけてみるけれども一向に彼の態度は変わらず能面だ。(この場合無表情の事を差す)やはり年明け前より機嫌の悪さが眉間に表れていて私は秘かに皺に込められている感情を読み取ろうと視線をそこにやれば直ぐに考えている事がばれ、呆れられるのはもう定番になっていた。
「本好きだね、将来は教授にでもなるの?」
「なるつもりはないが本は好きだ」
本人はなるつもり等ないと思っている職業程なっている可能性が高い事を自分の両親を見て思っていたからきっと彼は将来教授にでもなるんじゃあないのだろうかと微かに思う。廊下で立ち往生している私達に至って用事がないのは私の方だけでセブルスは借りてきたばかりの本を大切そうに抱えて、指先が偶に表紙を撫でている辺り早く寮に戻ってそれを読みたいらしい。
「中庭で読まない、それ」
「何で態々寒い中庭を選ぶ」
だって、寮に行くならば私はスリザリンには入れないし、逆も然り。そう云えばセブルスの真新しい眉間の皺が既に別の意識があるかのようにひくりと動き面白いと興味深げに見遣ればいい加減にしろと云わんばかりの視線が飛んでくる。何処だったら一緒に居てくれるのだと口元を窄めると鋭さが一層強くなる事を最近知った。駄目だ止めようと直ぐにそれを止めた処でセブルスは順応性が無いと云うより遅いのか暫くは痛いと思わず唇から言葉が零れ落ちてしまいそうな鋭さは残ったままだった。
「共にするのは前提なのか」
「うん、駄目?」
「詰まらないだろう、僕は本を読んでいるのに」
「詰まらなくないよ」
何故だ、と少しばかり驚いたセブルスの顔を笑って見ると直ぐに驚きを引っ込めて匙を投げた。勝手にしろと云うセブルスの掌を握り締めれば肌の色程冷たくなくて些か驚いた。セブルスは非難めいた言葉を口にしようか迷っているらしく開こうか開くまいか唇が何度も震えた。さあ、中庭に行こう!と掴んだ掌を引っ張れば同じ、否それ以上の力で後ろに押し戻されたかと思えばセブルスは後退する私の身体を今度は彼が掌を強く握り中庭へと引っ張っていく。どういう違いなのかは私には善く分からないのだけれど、セブルス、と声をかけると酷く機嫌を損ねた時の声質で私に返事した。結局そうやって我侭に折れてくれる彼が私はきっと世界で一番好きなんだろう。嗚呼、さっきの答えだけれども詰まらなくないのは本を読んでいるセブルスが一番好きだからなのに、彼が気付いてくれるのはいつになるのだろうね。