何処か機嫌が悪かったと云えばそう。騎士団に出向いた時の彼の表情はいつにも増して酷いものだった(眉間の皺は勿論の事、苛々しているのか指先は常に自身の腕を叩いているか机を鳴らしていた)シリウスと話す時の彼は普段もまあ、仲が善いなんてお世辞でも云えやしないけれども今日のは一段と悪かった。シリウスが息をするだけで顔中の皺が痙攣しているのではないかと云うくらいの凄まじい顔つきだ、私がシリウスだったならば即座に退室するかその場で息絶えた方が楽に慣れる事間違いなしと云う程に。それだと云うのに場の雰囲気を考えていないのか、それとも分かっていて発言しているのか、彼はあろう事か部屋中の空気を黒くさせている男にいつもの調子で食いかかったのだった。誰もが止めようとする中彼の唇は止まる事を知らない、嗚呼もうやめてと何度も向かい側に座るシリウスに視線で訴えかけていたのだけれど気付く事さえしない。隣では机の音が一層酷くなる。(何故向かい側に彼と彼を座らせたのか先ずそこから疑問だったし、今後の騎士団についてよりもそっちの方を先に議論した方が有意義だと思った)

「スニベルスは今日もの隣に居るんだな、苛められるのが怖くて彼女に引っ付いているのか」

せせら笑うシリウスの言葉にその場が凍りつく、隣で一番強い音がし恐る恐るそちらの方へ視線を向ければ鬼のような形相のセブルスがシリウスを睨みつけていた。私でさえ恐ろしいと感じるのだから廻りに居る、特に彼に教わったトンクスなんて恐ろしくて顔も上げる事さえしていないだろうと斜め向かいの彼女を一瞥すれば案の定机の穴を数えている最中で、やっぱりと視線を他へ移せばリーマスと目線が合い困ったように笑う。彼はこういう時でもセブルスの怖さを微塵にも感じていない、と云うより払い避けられるなんて凄いと思う。と云うかそもそも何故シリウスが開口一番に現在進行形で不機嫌の真っ只中に居るセブルスにあんな事を云ったのかと云う事だと記憶を逆再生してみれば、嗚呼そう云えばこういう事は彼らにとって恒例行事だったっけと思い出す。

「そういう貴様は何だ、こんな屋敷に閉じ篭って役にたっているとお思いか」

床にガラス製の物が落ちた音がしたと、ぼんやり思いながら居ればその破片らしきものが飛翔して足に刺さったらしい痛みが身体を一瞬だけ強張らせた。それでも尚平然を装っている為か気付く者は誰一人としていないのが幸いだ。割れたガラス製ゴブレットはセブルスが立ち上がった時に落ちたものらしかった。隣の視界は年を追うごとに狭まる老人の世界のようだと思った。シリウスも同じように椅子を蹴っ飛ばし中腰(腰を悪くしないのか心配)状態だ。

「んだと、」
「反論も出来ないのかね」

まさに犬猿の仲とはこう云った状態を示すのだろう。当事者同士意外は何も口にする事なく乾き切った口内に舌で歯を湿らすくらいしかする事がなかった。ガラスが突き刺さったと思われる左足もじくじくと痛み出すのと、モリーが椅子からお尻を離すのは同時進行。

「…嗚呼もう、そこまでにして頂戴!」
もう沢山よ、毎回毎回何で貴方達はそう喧嘩越しになるのと居間中響き渡る声で張り上げられた言葉にシリウスは分かるが、セブルスまでも押し黙ったのはやはり彼女の力だと舌を巻くしかない。しかも機嫌の悪いセブルスに怒鳴れるなんてこの場に居る者(モリーを抜く)は誰一人として出来ないだろう、出来るとしたらダンブルドア校長先生くらいだ。しんと一気に静かになり、険悪な空気が沈下していくのを感じ取れば隣の視界を遮る黒衣は消え見渡しが善くなる。

シリウスを見ても、蹴り飛ばした椅子に座りなおす処だった。
全くもってモリーは素晴らしい逸材だと感心を寄せるのは私一人だけではない筈だ、机の傷穴を見ていたトンクスもやっとの事顔を上げ、この暗い部屋の中で唯一輝いているのは彼女だと断言出来る。リーマスは先程と同じように微笑みを絶やさない処は彼らしかった。場の雰囲気が善くなるのを見届けたアラスターは咳払いを一つ落とし本題に入った。


「お腹ぺこぺこだよ!」
会議が終わり扉の向こう側でこそこそしていた赤毛兄弟達がそう云いながら居間へと入ってくるのをハリー達も後ろから着いてきていた。セブルスは器用に片眉を上げてみせ、早々と立ち去ろうと扉へ向かおうにも沢山の子供達が出入り口を塞いで居る所為で彼の願いは敵わない。一瞬の間に賑わいを見せた部屋で盛大な舌打ちを零した処で皆がその音を拾う確立は極稀なのだろう、現にその音で彼を見たのは私くらいなのだから。椅子から今にも飛び出して行きたそうなセブルスの腕を掴んでもう少しと眼で合図すれば忌々しそうに顔を逸らせ、ハリーを視界に入れてはまた深く皺を額に刻ませた。そんなに厭ならば眼を閉じれば善いのにセブルスはそういう油断を見せるような行動は此処では絶対しないだろうと知っている。

「全く、喧しくてかなわない」

吐き捨てながらもハリー達から視線を逸らさない。ハリー達はあまりの空腹によってか大嫌いである筈の魔法薬学教授、兼不死鳥の騎士団メンバーであるセブルスには気が付いていないようだった。(気が付いていたなら皆こんなに騒ぎはしないだろう)夕食よ、とモリーが支度しておいたのか食器が飛んできて先程まで会議室になっていた部屋のテーブルの上には人数分のお皿やゴブレットが置かれた。セブルスは帰るぞ、と低い声で唸りながら私に立ち上がる事を催促する。それを素直に従い立ち上がり長いテーブルを沿って扉へ進む。歩く度に食い込んだガラス片が皮膚を食い破ったまま、抉ろうとするものだから痛みに耐える為、顔を顰める度に私の後ろを歩くセブルスの視線が痛くなった気がした。

「あら、達は食べていかないの?」

敷居を潜り抜ける時モリーが当たり前のように私達の分も用意していたらしく意外そうに尋ねてきた処でやっと私の背後についている全身黒尽くめの厭味な男に気が付いたのか、ハリー達の視線が私の頭上でぴたりと止まったのが分かる。嗚呼、早く帰らないと後ろも前も機嫌が最高潮に悪くなる、と思いながらモリーに引き攣りかけた頬を持ち上げたなんとも変わった笑顔で返す。

「あ、いいわ。まだ仕事も残っているから」
「そう…残念ね。またね」
「またね、モリー」

ハリー達もまたね、と手を振ればぎこちない笑顔と手振りが私に向かって投げ掛けられる。きっと背後の彼の機嫌は最高に悪い事は勿論の事、表情はその何倍も上を行っているのだろうと思いながら屋敷を出ればセブルスの腕が私の腰を手繰り寄せ、ぐるりと何回転か身体が廻ればあっという間にセブルスの屋敷前だった。驚きに顔を上げればセブルスは酷く不機嫌、そうで私を見下ろしていた。

「私、セブルスの家に用はないんだけれど」
「我輩はある。着いて来いと云いたい処だがその足では精々玄関先までが限界であろう」

知っていたの、と云うか否か。身体が浮き上がり私はあろう事かセブルスに担がれていた。此処でもし暴れようものならば地面と腰が激突するのにそう時間は掛からないだろうと斜め上に位置しているセブルスの顔が物語っていた。しかしよくも地下室で薬品と常に対面した状態の彼が自分自身で云って哀しいが決して軽くないであろう身体を持ち上げているのだ、長身痩躯の彼の青白い細腕が折れてしまわないかと心配になってしまう。そんな私の心配を他所にセブルスはずんずんと家の奥へと進み最終的にはソファーに私を落とした。(結局落とされるのだけれど、地面とソファーじゃあ月と鼈だ)

そう考えている内にセブルスの腕の中にはなにやら怪しい色をした薬品達が抱えられていて、口の端が変に上がり気味の悪い笑顔になっている。

「傷口を見せろ」
そう命令する癖に私が布を捲り上げる前に捲り上げる、日にあまり当たらない人の肌色の指に胸が異常な程に跳ね上がった。ローブと今日穿いていたキュロットスカートで隠されていた傷跡が膝上から一、二センチ上くらいで善かったと自分以外の異性の指が太腿を這うのを居た堪れなくなり眼を逸らす。視界の端から窺い知れたガラスの大きさは結構なもので、私の緊張を知る由もないセブルスは傷の広さを凝視しながら呆れたように溜息を吐いた。

「愚か者に付ける薬はないとはこの事だな」
「それを云うなら莫迦に付ける薬はない、でしょ」

脈の速さを知られたくなくて、云い返せば目尻の皺が動く。
そんな処まで自分の意思を持って動かせるのは彼くらいじゃないかと思う。
「知っている、この莫迦者め」
心底呆れているのか厭味は程々で止まり、視界の端っこで彼の白い指先がガラス片を除き、傷口に薬を塗る度に濡れていく指先にこびり付いた血液で丁度善いなんて一瞬でも思ってしまった自分を恥じた。彼はもうそうじゃないのだ、私が止められなかった頃のセブルスではない。包帯が巻かれる感触が何度か左足太腿に感じる、セブルスの指先が何度か内股に触れる度可笑しいくらいに身体が強張った。

06#嘘はいま太腿を這う