彼の怒りはダンブルドア校長先生とマクゴナガル先生と戦うなら迷わず偉大な魔法使いの方へ杖を向けると云っても過言ではない程だった。何もする事がなく扉の前で待っていると荒々しく開いた扉の向こう側で私を見据えている男は唇を捲れ上がらせながらこれまた乱暴に千切ったであろう羊皮紙一枚(と呼べるのかも疑問な程汚い)を渡した後杖を一振りし、私の身体は否応なく地下室の螺旋階段まで吹き飛ばされた。腰を折って痛いと嘆く私に眼もくれず扉を施錠する辺り本気なのだと思う。昔の私ならば諦めて寮に戻っていたりしていたが、今は曲りなりにも教師と云う立場である。一日(二日目はまだ断っていない)助手として配属されているのだから此処から去る訳にはいかないのだ。

きっと此処で鍵を開錠しようものならば彼の怒気は生徒にも及ぼしかねない。(関係なく及ぼしたのは後になって知る)仕方なしに階段に腰を下ろし、湿気臭さで鼻が曲がりそうだと思いながら授業で厭々地下室へやってくるであろう生徒達を待った。

つまり、彼は私の事が学生時代と比較にならない程嫌いらしいと云う事が厭と云う程分かった。あの後生徒達を招き入れる為仕方なく開いた扉に笑顔を取り戻した私は中へ入ろうとしたが足を数ミリ中へ入れた途端、防御体勢を取る事もなく後ろへ吹っ飛ばされた事に来た生徒(グリフィンドールだったと思う、多分)が驚きに口をあんぐりと開けたまま閉じられなくなっていた。そして恐る恐る私が弾き飛ばされた扉をなんともなく潜り教室へと消えていく生徒達の背中を見、彼は私にだけ侵入出来ないよう結界を張ったのだと感じた。私はぐらぐらする視界と記憶が混じる前に早速諦める。大体呪術もまともに使えない私が高等な魔術を壊せる筈がないのだから。一日目処か一時間も助手として使って貰えなかったと世界が渦を巻いている状態で校長室へ出向けば、気分的に優れない私と対照的に愉しそうな翁が机の向こう側で優雅に腰掛けていた。

「して、どうだったかのう」
「どうもこうも、一時間も使われていません」
分かっている癖に、と悪態を付きながらも別の言葉を発せれば愉しげな表情は一層愉快になる。嗚呼、彼がこの人を苦手視するのも分かると一人でごちりながら別の授業へ回してもらえるよう口を開きかければ早くも待ったを掛けられる。再開したいのは山々だけれどもまともな魔法が使えない自分はこれ以上打つ手はないだろうと思っているのに。

「わしの考えでは、セブルスの助手としてにはやっていって欲しいのじゃが、」
「え、は…はい?」

「如何やらマグル学教授が他に見つかってのう。残念じゃがこのままだと君の職場がない、それは困るじゃろうて。だからわしは考えた、セブルスの助手としてならば君は十分彼と打ち解けているし、彼も助手が欲しい程に日々疲れを癒す時間が欲しいだろうと。だから、どうじゃ」

したり顔でそんな風に云われてもと云うより狸の皮を何枚着用していれば気が済むんでしょうかと頬の筋肉が危うく校長先生の前で引き攣りそうになった。初めから私を彼の助手として雇うつもりだったのかと暫く振りに見た彼がああいう風になった原因の一つに偉大な魔法使いも入れておこうと頑なに決心する。もし此処で断れば私は即座にホグワーツから出て行かなくてはいけなくなるだろうし、そうなって心から喜びを表現してくれるのは彼だろうと容易に想像出来る。が、家に戻った処で一度継いだ筈の家業をほったらかしにしてホグワーツに来たのだからもう一度と云う訳にはいか無いだろうという事からもし此処で否定すれば私は間違いなく職無し、一文無しの浮浪者になるだろうという事も想像に難くない。どちらにせよ私に選択権等ないと云うのにと溜息を吐いて見せれば答えを初めから分かり得ているダンブルドア校長先生は前に出した身体を椅子に身を任せた。

「私に断ると云う選択があるように見えますか」
「はて、さて、わしには分からぬのう、Ms.。ほれ、契約書じゃ」
「………、」

云いたい言葉の殆どを飲み込んで胃に流しいれた、明日はきっと腹痛で悩まされるであろうそう遠くない未来に目元が涙で滲んだ。校長室へ行く前よりも状況が一気に悪くなってしまい、これを彼にどう説明すればいいのやらと頭を痛めながら地下室への道を少しでも厭なことは後回しにしたいという人間の本能的なものが出ているのか足取りはとてつもなくゆっくりだった。長い螺旋階段を下っていく私の歩行速度は相も変わらず、しもべ妖精と競争しても呆気なく負けそうなくらいだ。一段下りる度に感じる微かな衝撃でさえ負担になる、彼の助手になるくらいならばもしかしなくても浮浪者の方が善かったのだと書類に署名した後では後の祭り、自身の思考の浅はかさに嘆く他ない。

(結界を解くなんてしてないだろうなあ…)
呟きは扉へ吸い込まれていき、何の変哲のないそれは先程のように結界が張られていないだろうかと云う恐怖心から自分の手をそこに何度か触れる行為さえも躊躇われる。また吹き飛ばされたら溜まったものじゃないと考えている内に時刻だけが進んで行くのを身体の冷え込みに拍車が掛かる事で気付く。

「ああもう何でこんな事に…あの狸翁…、じゃなくて今のは取り消し、うん」
きっとあの偉大な魔法使いの事だ、ちゃっかりと何処からか情報を得ているのだから迂闊な事は云えない。それにしても本当にどうしよう、と中から聞えて来る彼の苛立つ声。「ポッターまた貴様か、グリフィンドール十点減点」減点を云い渡す声に続いて聞えるせせら笑いにどうやら今はハリー、グリフィンドール生とスリザリン生の合同授業らしい。いつになく不機嫌なべたつく声色に先程の事を引き摺っている事が扉越しからでも窺えた。この様子じゃあ結界を解いているなんて事はないだろうし、下手すれば吹き飛ばされるだけでは済まされないような呪術をかけた可能性まで出てきた、と私は寒い地下室で汗をたっぷりかいた。

(幾ら、私が悪いからって此処までするの普通。裸を見てしまったのは悪いと思うけれど上半身だけだし、私だって好きで見た訳じゃあないのに…。セブルスの莫迦)

09#眠れる羊とランプ