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人間界の上に成り立つ仙人界に住んでから六十年、容姿の成長は二十台に入ってから止まりそのまま平行線で五十年が経った。その間に人間界に下り立ったことも、降りようと思ったこともなくこの長いようで短い年数は殆ど書庫に篭るか師である元始天尊様から課せられる修行課題をするかで私の行動は狭んでいた。書庫に通いづめているのは書庫に居ないと落ち着かないという私の気分によるものだったが、それは今だから云えることだった。来た当初は書庫に来る度に感じる少しばかりの孤独と寂しさが嫌いだった、人間界に居たとき、殷の兵達に殺された両親が目の前で死んでいるのを見た後のような雰囲気が書庫には充満している気がしていたからだ。だからと云って書庫以外の場所は自分にとって書庫以上の苦痛が伴い、それが厭で書庫に篭るようになったのがきっかけ。それが今ではすっかり定着してしまい、いつの間にか書庫に居る時が一番至福だと感じてしまうようにまでなった。 私自身自覚を持っていることだから尚の事、元始天尊様はこの状況を知らないわけがなかった。用もないのに度々呼び出しをもらい、外へと出させるようにしているのは気がついている。気を使わせているのだろうと思い自分でも気が付いた時は外に出ようと決めてはいても実行すること今まで皆無だった。そして今日も用があるからと白鶴童子に云われて此処までやってきたのだ。 「元始天尊様、御用とはなんでしょう」 「おお、丁度良いところに。実はな…」 続きを遮るかのように隕石でも墜落したのかという程の爆発音が響き頭上からは崩れた岩と人が重力に沿って勢い良く落ちて下敷きになりそうになった寸前のところで避ける。岩が床に飛び散る音とその人物の潰れた蛙のような声意外は誰も口を開くことなく呆然として見ていた。先に我に返った元始天尊様は頭が痛そうに眉間に指先を置き、私は口が引きつるのを止める事が出来なかった。 天井から落ちてきて、先程元始天尊様から拳を貰っていたこの人は太公望というらしい。同じ元始天尊様の弟子で私の兄弟子に当たるようだ。今まで兄弟子がいたことも知らずに六十年過ぎしていたのかと思うと驚いた。その兄弟子あたる太公望の悪行も丁寧に紹介してくれた元始天尊様に臆することもなく、彼は否定していたがこの爆発を起こしたのが彼であることは元始天尊様から頂戴した拳が物語るのだから否定のしようがない。 「初めまして、妹弟子のと申します」 「うむ、よろしくのう」 と云って兄弟子は笑ったことに不覚ながらどきりとしてしまう。久しぶりに見た他人の笑顔にこれほどまでに緊張してしまうものなのかと胸に手を置いた。 「さて、それでじゃ。暫くの間、この莫迦に修行を見てもらったらどうかとわしは考えた。こやつの腕は仙人クラスじゃからそこは保障する。どうじゃ」 「…解りました、その案のみましょう。期間はどれくらいですか」 「まだ決まっていないのだが、様子を見ながら判断する」 兄弟子である太公望の実力がどうであれ断る理由はなく、一言返事で了承するがあまりにもあっさりとした受け答えに状況が読めなかった太公望が一間を置いてから声を荒げた。 「ちょ、ちょっと待ってくだされ!何故わしがそんなことをせにゃいかんのです!」 「お前はの兄弟子じゃろうが」 「わ、わしにも修行があるのですぞ!」 太公望は少し笑いを含めて云うと元始天尊は眉間のシワを数本増やし、そして髭で隠れている所為で口元は見えないが多分口の端を吊り上げているに違いない。そんな雰囲気が身体の周りに漂っているのだから。 「修行をサボっていることは白鶴から聞いておるが?」 「……嘘つき」 「わしにお任せください、元始天尊様!これも兄弟子としての勤め!」 俊敏な態度の変わりようにが現金な人と呟いた。その声は太公望の耳にしかと入りそれまで満開の笑顔だったのが途端に笑顔が不自然なものとなるが、云った本人はそんな太公望の異変になど無関心でいた。それに太公望はじとりと横目でを一瞥しはでその視線に対して嫌味な程綺麗に笑って見せた。二人の間にはこの短時間で凄まじい程の敵意が出来上がった。すっかり置いてきぼりにされた元始天尊だったが二人が気づかない程小さく笑ったのだった。 「では、私はこれで失礼します。元始天尊様」 は太公望を無視し、あえて元始天尊の名前を強調して挨拶をしたのは師匠だけだ、ということを太公望に暗示させたかったからだ。そして太公望が気づく前にとさっさと退場したのだった。その言葉の暗示に直ぐ気がついた太公望は元始天尊への挨拶もそこそこに最後まで感じの悪い奴だとに一言云う為に急いで出てきたのだがその相手は宝貝を使って空を既に飛んでいった後だった。ぼそりと見えなくなった背中に向けて呟いて。
見初めた空 (20090706)(← →) (それは眩しくて、触れたくないもの) |