砂場を歩くとどうしても足の裏に小さい粒がついてしまうそれは仕方ないことだと分かってはいても、少し変わってしまった足の裏の違和感は拭うことが出来ないでいた。もうどれ程の時間を独りで歩き続けているのか、己でも分かりかねていた。それくらい長い時間を独りで見守ってきたこの世界もついに新しく変わっていくらしい。その証として人の形を成すものは自分以外居なくなり植物は姿を消し、人の手によって出来た最初で最後の光景。これからまたこの世界に似合った生命が息づき始め、言葉を作り、子を産み生きていく。どの時代になってもそれだけは唯一変わることなくそこに存在している。

「今度の世界は平和であるよう」

その言葉に意味などと云うものは存在しておらず、その言葉を発したことによってその願いを叶えてくれる筈がないのを彼はこの永い永い時間で厭と云う程感じていた。その筈なのに、彼は云いたかった。彼が愛していた女も、名前も声もおろか顔さえも覚えていない。だけれども確かに彼女を愛していたのだと云う事実はそこに、彼の胸の中に存在している。不思議なことに、だ。久しく忘れていた女の存在に彼は歩みを止め考えた。もう彼の愛した女は姿、形を変え誰かのものになっているだろう。知ってはいた。人である彼女と人の形はしているものの人ではない彼との違いはあまりにもはっきりし過ぎて、時はその違いを余計鮮明にしてくれるだけ。胸は腐ることなく彼の心臓に張り付いて離れずそこに存在している。やがて彼は彼女を忘れることに専念し、そしていつしか名も顔も忘れてしまったのだ。それを思い出した彼は砂しかないこの世界で泣き崩れた。

(空が怖くても花が枯れても、僕は歩き続けるだろう)

(20100415)(×)(それでいて朽ちることのないこの身)