村の人が最近桃の木で仙人様が桃を盗み食いと云うより白昼堂々と食べていると云う噂が私の耳に入ってきた。仙人様だからか何処からか出てきてはいつの間にかいなくなっているという。ああ、だから最近の桃の収穫率が減っているのねと洗濯籠を抱え直しながら思う。仙人様一人で桃の収穫率を左右してしまう程食べているのに皆が黙認しているのはきっと仙人様だからなのだと、洗濯物を川で洗いに足を進めた。空は快晴で目を思わず瞑ってしまうくらいの輝きだ、川に洗濯物を一枚浸すとそれはきらきらと光を放つ。それを見るだけで気分が良くなり陽気に鼻唄を奏でて見たくなるものだ。

「上手いのう、」

ばしゃん、と洗濯物が川に落ちた。流されていく服を慌てて追い掛けて足は水浸しになる。空耳とも取れる声に辺りを見渡して見るけれどそれはやはり空耳だったのか誰も姿は見えなかった。水浸しになった洗濯物と自分、また一からやり直さなければいけないとなる、と肩を落として川辺へと上がるとそこには先程なかったものがころりと落ちていた。生き物かと思い近づいて見るとそれは生き物ではなかった。

「、桃?」

手に取るとそれはこの暖かさには不釣合いな程ひんやりと冷たくてそれがふたつ、籠の外に転がっている。誰だろう、と云う疑問は直ぐに最近村の噂の的となっている仙人様に当てはまった。仙人だから姿も簡単に消してしまえるのだろう、と解釈し洗濯物を落とすとべちゃりと水の含んだ厭な音がした。そういえば、思い出したと隣で声を上げたに怪訝な視線を送るとあの時、と口を開いた。

「あの時、岩の後ろで隠れていたよね」

何を唐突に口に出すかと思えば、と太公望はあの時の事を振り返り何故あんな事をしたのだろうと自分自身の不可解な行動に云いようのない恥ずかしさを覚える。自分では上手く隠れたつもりだったのだがどうやらには丸見えだったらしく桃を手にした彼女は此方を見て、今のような馴れ合った仲の笑みとは別の少しぎこちなくそれでいて綺麗に微笑んだのだ、まるで昨日の出来事のように鮮明な記憶を思い出して太公望は頬を何度か撫でた。そしてそれを誤魔化すように少し遅れて相槌を打った。

「そんなこともあったのう」

(あの日も綺麗に晴れていた。)

(20100410)(×)(そうして彼女はまた笑うのだ)