爪と指の間に他人の皮膚が食い込む感覚がした。相手は気にも止めずに嬉々とした声でを蝕もうとしている。些か不愉快さを感じながらも立ててしまう爪を止める事は出来ない。動きに沿って悲鳴を上げたに太公望は笑う。「おぬしを愛しておる」そう云えば全てを手に出来ると錯覚してしまうのだ。世界を見通せる頭脳を持つ男でさえも恋によってふやかされると判断力を失うのだ。がり、と皮をはいでしまう感覚がした。心を奪ってしまう相手を傷つけたくないと、女は告げようと口を開く。けれどもそこから漏れるのはだらしのない、人の言葉とはかけ離れたものだった。組み敷かれた身体が相手の重みで軋む。背中に回した皮を剥いだ、恐ろしい指先は太公望の両腕によって褥の上に重ね合わされる。感情をぶつける場所が無くなった女は太公望に乞う。「赦して」と。何に対してなのか分からなかったが、云わずにはいられなかった。薄ら瞼を持ち上げると口元を綻ばせた青年が映った。太公望は喜びに満ちた顔でを見下ろしていた。「愛しています、師叔」紡がれた言葉を受け取ったのかは霞む視界では分からない。ただ揺れる身体が証拠だと思った。背にした侍女服についたレース糸が肌を虐め、顔を歪ませると男は笑う。「太公望と、」「……太公望」たとえ散ってしまう心だとしても、指先に残った残骸は愛を示している。それだけでいい、なんていい子を演じない。けれど今この時は満足感で溢れ返っていた。道着で隠されてしまう背中の傷跡が深く残ってしまえば良いのに、と頭の片隅で酷い事を考えた。

(立てられた爪さえいとしい)

(20151126)(×)(そうすれば身は消えてしまってもあなたは忘れずにいてくれるでしょう)