呆気にとられる彼の服を思い切り掴んで自分の方へ引き寄せた。思いのほかそれが軽くて竦みそうになったけれどどうにか歯を食いしばってそれに耐える。私の怒りに心当たりがない彼は不可解だといった表情で私を見た。心当たりがないのは当たり前だし、これは私と彼女の問題なのも知っている。けれどもう居ない人に声をかけるわけにもいかなくて、どうしたって彼に怒りの矛先が向いてしまうのを許してほしい。

「どうしたのだ、」
「見ているのが辛くなったの」

冷静に問う彼に私は冷静を装って答える。けれどその問いの答えは彼にとって不十分でまだ不可解だと瞳が云っている、勝手なことだけれど彼が私の気持ちを察してくれないことに憤りを感じた。それでも見ているだけで彼も自分と同じ気持ちだと勘違いするそれで私は満足だった、彼女が彼を救うまで私はそれでよかったのだ。それが彼の言葉で私の心はどうしようもなくなる。

「死人にどうやったって私は勝てない、だから貴方を、太公望を嫌いになるの」

太公望の瞳が大きくなるのと同時に私は彼の服を手放した。後に数歩よろける太公望を見て私はまたどうしようもない憤りを感じるけれどそれを太公望に伝える術は持ち合わせていない。どんなに私が彼を愛していたって彼女が彼の命を助けたことには変わりない、変えられない事実。誰にも出来ないことを彼女はやってしまったのだ、命を助けるという方法で。だからといって彼女を恋い焦がれるようになるわけでもなくて、きっと気付かないうちに引かれていたのだろう。それが今になってしかと感じられるようになったんだと私は思った。彼女がいなくなった場所に現れてはその横顔は私が今まで見たどの顔にも当てはまらなかった。怖い、貴方が彼女のことしか考えなくなってしまいそうで。否、もう貴方はあの人一色なんだってこと私は知っていた。けれど怖くて口には出せなかった。

(隣に並んでいたかった)

(20091129)(×)(不可能にしたのは私自身だ)