今私が貴方の事が好きで好きで、どうしようもないの!と告げたらどうするのだろうか。なんて思考を持つだけ無意味だと承知だ。そもそも恋愛に身を投じる事に意味があるのだろうか。彼ならきっとこういう。「人は愛する者が居る素晴らしさを知り、初めて人となるのだ」と。そして守る者を持った者が愚かしい程に脆くなることも、同時に強者になりうる力を持つことも。陰陽の両方を手にした危うさが人の美しさを引き立てているのだ、と彼は云う。私はその優しさに同意しかねて、押し黙る。人という生き物は理性という糸を持ちながらも自ら切ってしまったり、不実を起こす鈍さを持ち合わせている。陰謀がはびこる世で望まぬ、契りもあるというのに彼は人を見捨てられないのだ。

「愚か、は太公望の為にある言葉だね」

喉を詰まらせた私の苦肉の策が、彼を貶めることだった。呆れただろうか、視線が彼の道着を捉えたまま動きを止める。そう、このまま軽蔑してくれたのならこの愚かしいと思えた心を押し隠す事が出来る。答えを求めている癖に澄んだ碧眼を見られない私の方がその言葉にふさわしい人だと思った。人を貶す時、無意識に唇は自身が当てられたくない言葉を吐くのだ。「うむ」太公望が云う。そこには軽蔑は疎か、いつもと寸分違わない青年の声だった。反射的に顔を上げると太公望はやはり透明な瞳を持っていた。

「その愚かさが人らしいではないか。わしもまだまだ仙人には程遠い」

緩まる唇が紡ぐ。幼さが残る彼は仙人にしてはまだ若輩者ではある。十程歳を無駄に重ねた私を優に超えた広大な世界を持つ青年。この恋心さえも見透かされているようで、恥ずかしくなる。「そう」と肯定しながら太公望に背を向けて心内を悟られないようにした。そんな事をしても背中だけで察してしまえそうな眼光の彼には勝てない。この先何十年、何百年経ち、一向に埋まらない十という仙人界では微々たる歳の差を持ってしてでも及ばない。彼の広さには。

「わしらには幸い、時間がある。ゆっくりと歩み寄ればよかろう」

恋心から来る苦しさなのか、羞恥心から来る辛さなのか、多分どちらも共有している。太公望は背中越しに優しく落とした。「好き」とは云えなかったけれども、この心を知った彼はきっと今のように包容した言葉で私を受け入れるのだろう。

(あなたの答え、あなたが答え)

(20151126)(×)(いつでも答えはあなたの胸に)