何もかもが分からなくなりそうになった時にはいつも彼が私を見ていた。それは只の私一個人の虚栄心や自意識過剰から来るものではなくて本当にそうであるからこういう風に云えるのだ。彼の名前はきっとこれから先も師叔という尊敬の上に成り立つ呼び名で私は呼ぶのだろうと想像に難くなく、それを口にする度に彼が案外拗ねる様子は何度見ても(これからも幾らでも見られるであろう)厭きない。修行時代から今に至るまで彼と離れた事のない私は封神計画の上に成り立つ本当の意味さえも理解せぬまま彼についていった。西岐城での出来事から仙人界での戦い何処までも彼の元から離れなかった、大極図を手に入れる時もだ。それが今の状況で一気に崩れ落ちるなんて考えても見なかった。

とわしは此処から別行動だ、分かってくれるな?」
「そ、んな…何故ですか、師叔…」

苦虫を潰すような彼の顔は久しく見てなかった。最後に見たのは悲惨な状況になった西岐城での戦い以来だ。それ以来彼は自身の弱さを責めて何もかもを顔に出す事を止めた、そんな彼が感情を前面に出して私に対峙しているということは理由等聞かずとも分かる。でも私はそれを問いかける、何て往生際の悪い女なのだろうと嘲笑してくれても全く構わなかった。それ程私は彼に対して酷い言葉を投げ掛けているのだから。彼は観念する様子でも、ましてや傷ついた顔は見せなかった。

「わしは師叔であって、伏羲でもあるのだ。これ以上おぬしに傷ついてほしくない」

そう云いながら彼の腕は私の片腕を掴んだ。そこにはこの戦いで作った無数の傷が肌にくっきりと表れている。まだ真新しいのか傷口から血液が数量流れ落ちる場所もあり、彼が腕を思わぬ力で持つものだから痛みに顔を歪めた。でも、そんな事云っている彼の腕も痛々しい程の傷口が服から垣間見えていた。だけれど私はそれを口に出す勇気は無かった。自身の為の発言の時には躊躇なんて見せなかった癖に。

「、私はそれでも貴方と共に在りたいのです」
「…分からぬか」
「何がです」
「おぬしが居れば此方側の状況は一層悪くなるというのだよ」

震える師叔の腕。嗚呼、私は何で発言を有してしまったのだろう。彼が、こうなる事を心の何処かで分かっていたのではないのか。それ程に私と彼は近くに居過ぎた。

「もう宝貝を使える程の体力は残っておるまい。だのについて来ると云うならばわしは此処でおぬしを止めねばならぬ…それだけはしとうないのだ。分かってくれ」
「…、分かりました—…でも師叔、いえ…太公望」
「……!」

自然と篭る指先の力。彼の腕に手を伸ばしかけて私の掌が汚い事を視線を落とした事で気付き止めた。血か土か分からない程に汚れた掌は彼に触れるには汚れ過ぎている。初めて呼んだ彼の名前は零れる涙を含んだ口内のしょっぱさに気を取られてあまり緊張しなかった。

「必ず、生きて戻ってきて下さい。の為、とは云いません。皆の為…貴方の為に」
「…ああ、善処する」
「必ずですからね」

そして飛び立つ四不象と師叔の一匹と一人は私には眩過ぎて、見上げる事はとても困難な事だった、必ず帰ってこれらるよう、地上は限界を超えても守って見せますから。だから、消えないで下さいね。師叔。

(きみの世界を見てみたいんだよ)

(20110125)(×)(そしてそれが叶わぬ事を何処かで解っていたのかもしれない)