非道いだなんて思ってはいない。この時代じゃあ政略結婚だとか、人身売買だなんて星が瞬くように、沢山あるのだからと両親の方針に沿って今後の私の行き先は富豪の家へ嫁ぐ事だった。私はこれは仕方のない事だと諦めていたし、それを父の口から云われた処で然程驚く事など何もなかった。はい、と覇気のある返事をした私に当たり前の事だと云うのに両親の表情には安堵が浮かんでいた、私が嫌がる事を心配していたのだろうけれどそれは杞憂だ。空から雨が落ちてくるのが自然だと思うように私の行き先がこうなる事も自然の事だと感じているのだから。人身売買も政略結婚も違いと云ったら扱われ方が少し違うだけで他は何も変わりなんてない、好いていない人へと嫁ぐ一生の鎖に繋がれるのならばまだ売られ、部分的に切り刻まれ、死の世界に旅立った方がましだと私は自分を生んだ親の顔を見て思った。恨んでなどはいない、時代の所為だと分かっている。けれどその心の負担はたまに誤爆して私の中で暴れる。そう、それが今なのだ。買い物へと行くその移動途中で私は母の手を振り解き逃げ出した。

私は自分で何処へ行きたいのかも分からずにただただ走った。足には靴が擦り切れて履いていないのも同然だった。両親は大丈夫だろうかと云う心配よりも何故か逃げる事だけが頭を支配し、他の思考を進入させる事を酷く拒む。走って、走って、走って、そうしている内に誤爆したものが落ちていき足を止めた。周りを見渡すと全く行った事も見た事もない景色がそこには存在していた。

「綺麗、」

草や花は好きなだけ天を向き風に沿って泳ぎ、空は気分良好を示す蒼をふんだんに使い、雲はそれに乗って気持ちよさそうに好きな形を描く。何て素晴らしい世界なのだろうと身に染みると共に自分のした事を思い出し、心の潤いとは別に身体は冷え込んでいく。戻らなければ、そう頭では分かってはいても心は全く別の事を考えていた。もっとこの先へ進んで何処かへ行ってしまいたい、と決して口に出してはいけない事なのに私は不覚にもそう感じてしまっている。おぬしはどうしたのだ、ふいに聞えた風の歌のような声に逆らいながら振り向けば知らない青年がそこに立っていた。凛々しさ、聡明さが身体から滲み出ている彼はもう一度私に向かって同じ言葉を口にしながら手を差し出してきた。私は戸惑いがあったその腕を伸ばし青年の掌と合わせれば、自然だと云うように引っ張られ彼の身体へと近づいていく。

「我名は伏羲、おぬしは?」
「…
、か。善い名だ。わしと共に行かぬか」

私はその言葉を待っていたかのように肯定した。彼は、伏羲と名乗る青年はその言葉に笑いながら私の手を引き闇へと連れて行く。頭の片隅で思うのは両親の事だったがそれを簡単に覆い隠してしまうような青年の笑いと大きな闇。

(貴方を奪いに参りました)

(20100717)(×)(おぬしに出会えるのをずっと待っていた)