悔しい。何をしたって兄弟子である太公望には敵わなかった。戦闘は勿論、頭脳や感情、考え方全て私は敵わない。悔しい、と呟いた私に太公望は素知らぬ顔。それもそうだ、太公望に聞えないような音で吐いたのだから知らぬ顔をされるのは当たり前。それでも何故か悔しくなってしまって目尻に涙がたまる。今こうやって立っていても太公望と私とでは違う。男だから当たり前だ、なんてただの云い訳だ。女の身体つきが厭で太公望に勝ちたいと思うのならば雲中子にでも改造を頼むくらいすればいい。身長も身体の大きさも器も敵わない今の私、それでも少しだけ女である事を武器にと思っている辺り彼に敵うわけがない。

「太公望」

帽子が風で揺れる。私はそれを見ながら声をかける。ゆっくりと顔を傾けさせた太公望が私を見た。胸の一部が切り取られそうになって息を呑んだ。何だ、と太公望が綺麗とは云い難い、風の当たり過ぎでかさかさになった唇が云う。何を云いたかったのか、一瞬忘れてしまい眼を見開く。太公望はそれを知らずに可笑しい態度の私と表情を笑った。悔しい。それも私では出来ないだろう綺麗な笑い。穢れがないと思わせる白い笑い。私の心はこんなにも渦を巻いているというのに。

「私、男に生まれたかった、かも」
「何を唐突に」

可笑しい事を云いだした私を太公望はからからと笑った。だって、もし男だったら少しくらい太公望の気持ちが分かったかもしれない。汚い感情を抱く事もなかっただろう、身体つきも綺麗な筋肉を手に入れていた。頭脳や感情はどうにかして、兎に角太公望に勝てれば何でも善かった。なかなか笑い止まない太公望の脛を蹴り飛ばしてやろう、と頭の中で思うだけで実行はしない。口角を上げたままで太公望が眼を合わせた。グローブをして更に大きくなった掌で口元を覆う。

「おぬしが男であったら、わしが困る」

もごりと言葉を口内で掻き混ぜている太公望の姿に疑問符を浮かべる。どうして、と聞きかけた私の口元をさっきまでかさついた唇が押し当てられた太公望のグローブが塞いだ。また一切れ切り取られた私の心。息が詰まる、太公望は先程刹那見せた態度とは間逆にあっけらかんと愛の言葉を吐いた。

「おぬしと睦言を交わしたいからのう」

(どうしようもない大人と爪先立ちの子ども)

(20111219)(×)(敵う筈もない貴方)