( 01:冬を綴じたと思ったら )

頭痛がする。いつもより格段にやる気が起きず、弾力のある布団から身体を起こすのも酷く億劫だった。目蓋も重く、少しでも油断をしようものなら眠りについてしまいそうになる、それでも最終学年と云うものは就職という壁がある為に早々休めるものでもなく、は朝日に照らされ青白くなっている肌をそのままに制服に着替え始めた。ローブをかければ余計に身体の重さは増え気分の沈みまで同じように酷くなっていくのを感じながらまだ夢の中から覚めない友人達に一言も告げず部屋を出る。時計の針はまだ六時を廻ったばかりだった。階段を降りればそこには当たり前のように暖かくなってある、けれど今の彼女にとっては少し蒸し暑いくらいの談話室が存在していた。眉間に皺を寄せ、気分の悪さを強調させてみた処でそれを見る者がいなければその行動はあまり意味がなかった。

「寒い…」

談話室の蒸し暑さが厭で思い切って中庭に出てみれば逆に寒さが身体を襲いあのまま少し蒸し暑いくらいの部屋に我慢していれば善かったと後悔してみるものの今更戻る気にもなれず足を歩めた。朝露が降りてきて靴の下でもがいている草達は濡れていた。踏むと靴の底と草が摺れて変な音がした。

今日は何だかついていない気がしてはベンチに腰掛ける。重くて億劫だったローブは今彼女にとって最大の助けとなり体温を逃がさないように包んでくれる唯一のものになっていた。はあ、と息を吐けば白い霧のように空に上がり、空気に溶けていく自分の息の最期を見ては身震いをした。ぎゅ、と誰かが自分と同じように草を踏んだ音がして空に向けていた視線を下に下ろすとこの寒い空気に、白く儚げな世界にそぐわぬ風貌をしたものが現れは重い目蓋を精一杯開いた。嗚呼、やっぱりついていないと嘆いている間に全身黒尽くめの男はゆっくりと中庭を通り抜け廊下を過ぎていきを見る事なく居なくなった。まるで此処には誰も居ないと云うかのような態度に胸の痛みと頭痛は酷くなったがそれを振り払うようにして彼女は空を見上げなおした。それでも先程のように白い息が空に還っていくのを見ても浮かんでくるのは酷く似合わない黒色だった。

その男はこの学校の教師であり、敵対する寮の監督でもあった、初めて見た時の男の印象は今の気持ちと比べたら驚くくらい悪く、昔の自分に今を見せたら卒倒してしまうだろうと容易に予想できた。いつもこの時間に起床して歩き回っているのだろうかと頭の隅に掠める疑問をローブを強く握り締める事でそれを消そうと躍起になる、居なくなったその男の方を見直す事もせずただただ空を見上げて、溢れ出て来そうになるものをぐっと堪えた。

身体がローブの保温だけでは足りないくらいに冷え切った頃、やっとの事ベンチから腰を上げて食べたくもないのに大広間へ足を向けるのはきっとその男を一目でも沢山焼き付けておきたいと心の何処かで思っていたに違いない。何て諦めの悪い女なのだろうと自身を貶してみた処であまり効力はなく足はずんずんと前へ向く。廊下を抜け、大広間へ入れば氷のように凍えきっていた身体はその温かさによって溶かされた。ふっとローブを握る力を休め、思わず扉の前で止まっていたのに気付かずに身体に湧き上がる歓喜を実感していた間に背後から低く地鳴りのような声が彼女の脳に響いた。突然の呼びかけに溶けかかった身体はついていかず足を縺れさせればその声の主によって腕を掴まれ悲惨な事から難を逃れたけれども彼女の安らぎは一向に訪れなかった。

「人の邪魔をするのが相変わらず得意のようですな、Ms.

一時間前まで空気のようなぞんざいな扱いをした男だった。掴まれたままの腕から熱が奪われていくような錯覚をしてしまう彼の手は制服越しでも分かる程冷たいと声が震えそうになり、堪えると変わりに舌を噛んでしまった。ねっとりとした喋り方が聴覚を刺激する。

「…す、ねいぷ教授」
「何かな、その幽霊でも見たかのような顔は、?」
「い、え…すみません」

腕に絡み付いていた掌が離れていき、答えに満足したのか彼は鼻を鳴らし、ローブを大振りに翻し職員席へ向かう後姿を呆然として見送った。まともな会話をしたのは久方振りだった。遅れて喉が震えてくるのが分かり、それを悟られまいと平常心を保っている振りをしながらはグリフィンドールの席へと向かう。椅子に座った時には朝からの気分の悪さがどっと押し寄せ食欲不調に拍車を掛けた。少しでもあの姿を目に入れる事が出来たらと思いながら居た彼女にとって先程のは思わぬ事だった、声も授業を受けている時とは違いだいぶ近くで響く胸を鷲掴みにされたような感覚になるバリトンヴォイス。触れる事のない肌が布越しとはいえ持ち上げてくれた身体、見た目以上に力強い。思い出し、疲れは更に彼女の頭に圧し掛かりカボチャジュースが入ったゴブレットを倒しそうになる。それを重たい利き手で退けた。

「どうしたの?」

何も口にする事なくテーブルに突っ伏している彼女に後から来た友人は怪訝な顔をしながら心配事を口にした。そして顔を上げたを見るや否やその表情は険しいものとなり、次に口を開けた時に云われた言葉は医務室だった。