( 10:はじけちる願い )

これはどういう事なのだろう、と現在進行形で動いている事柄を脳が理解するのに暫く時間がかかった。自身の隣には数ヶ月前まで毛嫌いしていた魔法薬学教授のスネイプが辛気臭い、仏頂面で眼の目ではホグワーツ門の前で優雅に手を振り三日月眼鏡の向こう側の眼は溢れんばかりの愉しみを詰め込んだかのようにきらりと輝やかせているダンブルドアが立っていた。夏の太陽の所為だけではないとは思う。間がかなり空いている二人の距離の教師側は普段のデフォルトを明らかに通り越した皺の寄せ方には太陽によって一層愉しそうに見える偉大な魔法使いを恨んだ。自身の右手には重たい一年分の此処で暮らしていた荷物を持ち、どうしたらこういう事になったのかと記憶を遡らせる事から始まる。

「Ms.、ちょっと」
「はい、?」

あのグリフィンドール生に会わないように身体を縮めていれば運善く現れたアマンダを捕まえ一緒に夕食へ向かう。午後授業が無かったのは幸いしてかあれから一度も得体の知れない男とは顔を合わせていなかった。殆ど口にする事が出来なかったは空腹で仕方なく、階段を下りるのも億劫で仕方ない処にマクゴナガルに呼び止められた。そのままついてきなさいという言葉を放った彼女は返事を聞く事なく歩き出し、慌てて寮監の背中を追えばどんどんと善い匂いのする大広間からは遠ざかっていく。アマンダはそんなを同情するかのように笑いながら手を振った。

「話は聞いておる、もう直ぐ来るじゃろうて」

案内されたのは校長室だった。何かしただろうかと身体が硬直するに対して、マクゴナガルが厳格そうに窄められている唇を緩めた姿を見て少し安堵した彼女の後ろ側で扉が痛々しい程の音を立てて開いたかと思えば、黒衣を纏った男が荒々しく校長室へ侵入した。背後の只ならぬ雰囲気に推され振り向けば、黒衣の男は厳格と云うよりは不機嫌を顔に表しておりの姿を見るなりその表情に拍車を掛けた。肩を強張らせたと、御芝居を愉しんでいるかのように微笑んでいるダンブルドア、を見やりスネイプは唇が捲り上がりそうになるのを必死で堪えつつ校長である翁に目を向けた。

「どういう事で…」
「休みの間セブルスの家へ泊まると善い。ほれ、セブルスも快く了承してくれた処だしのう」
「いや、私は…」
「心配せんとも大丈夫じゃよ、生徒に手を出す程飢えてはおらん。のう、セブルス」
「そういう問題ではなく、」
「休みは来週からだったのう。汽車には乗らず門の前で待っておいて欲しい、セブルスの家までは姿現しで行けば善かろう。話は以上じゃ」

言葉を遮り、云うだけ云い終えたダンブルドアは満足そうに顔を緩ませ(元々緩んではいたが)三日月眼鏡越しからでも解る鋭さを努力も虚しく唇が捲れ上がっている男に向けた。最後まで逆らえずにダンブルドアの思惑通りに事が進んで行くのをマクゴナガルとは呆気に取られながらその様子を眺めていた。普段の厭味に関しては饒舌になる男も朗らかに笑う魔法使いには敵わないらしい事を初めて眼にしたは大層驚いた。しかし、自身の事の筈なのに最初から決定権が存在していない事に不満を口にする前に、当事者であるスネイプは来た時と同じように一歩一歩床に足を踏みしめながら扉を閉め、残された三人、ダンブルドア、マクゴナガル、は靴音が聞えなくなるまでその音を聞いていた。

扉に向けていた視線を戻せばダンブルドアはに向けて微笑みをくれるのだけれど、彼女が今欲しいものではなく何度も閉ざした口をやっとの事開く。

「あ、あの…」
「これはもう決定事項じゃよ、Ms.
「ですが、ダンブルドア」

直ぐに遮られた言葉を弁解するようにマクゴナガルが続いて、ダンブルドアに声をかけるが彼は相変わらずその姿勢を崩す事はなく優雅に指先を一本ずつ絡めていた。

「セブルスが信用ならんかね、大丈夫じゃよ。彼は昔から今も変わらぬ」

その言葉の意味を知るには男の事を深くまで知らないには分からず、マクゴナガルはダンブルドアの言葉に何も紡げなくなる。スネイプ同様、翁はマクゴナガルを黙らせる手立てを掌握していた。それに満足し切ったダンブルドアは絡めていた手を緩め、離せば利き手を宙に泳がす。さすれば人数分のティーカップとポットが現れ、翁はほいほいと決め、状況が飲み込めず口の中でもごついている生徒に目尻の皺を増やしながら勧めた。

手を振る翁に戸惑いながらも手を振り返せば、彼女の隣に位置する男は無愛想に杖腕を出し掴むようにと風貌もそうだが声色まで闇に染まっているようだった。姿現しを始めて体験したが目線を上げればそこは既にホグワーツの門ではなく、薄暗い森の中、その先にある一軒屋の前であまりの気持ち悪さに吐き気を我慢できなかったのか地面に蹲った。それを一瞥して、靴裏で砂利を踏みしめているのは姿現しを使用した張本人である男。スネイプは慣れきった術に抵抗する事さえない。そんな教師を目の前に地面に蹲ってはいるものの絶対戻すものかと逆流してくる胃酸をどうにか喉元で押し留めた。さも面白そうに笑っているのかと苦々しげに顔を上げれば、男は既に居らずさっさと己のみ家に入っていく姿を眼に入れた彼女は奥歯を噛み締めふらつく足元を叱りつけた。

「無理して歩く事はない、誰でも初めはそんなものだ」

意地を簡単に崩したのは作った原因でもある男の声、中腰になっていた身体が宙に浮き、力を落としても身体を地面に強打する事はなかった。杖を持ちながら隣を歩く男は困惑している彼女の姿を滑稽だと笑った。

「それともこの間のように抱き抱えた方が宜しかったか」
「……!」

気分の悪さで口を開く行為が出来ない上に記憶に無い間の事を彼はここぞとばかりに彼女をなじった。頬を朱くし、恥ずかしそうに顔を逸らす生徒にスネイプの苛立ちは多少の変化をもたらす。砂利道を歩く杖を掲げた男と今や足をぺたりと地面についている状態でも前に動いている女と形容するにはまだ未発達の少女は家の中へ消えていった。