( 11:星の瞬きより早く )

一年間誰も住んでいなかった家の中は当たり前だが、汚く空気も最低なものだった。スネイプが掲げていた杖を下ろせば、汚れているにも関わらずは盛大に尻餅をついた。スネイプは痛みを訴えているのを耳に入れずに足を踏み鳴らす。久方ぶりの家主の侵入に拒むかのよう、中へ踏み込んでいけばうっかり蜘蛛の巣に引っかかり舌を鳴らしてしまい背後で痛みを我慢している生徒はそんな男の機嫌に身体を揺らした事が分かり余計に気分は悪くなる。杖を一振りすれば薄暗く埃まみれだった部屋は一瞬にして住める内装となった。が、主がこの男なだけにどこぞの地下室同様日当たりが悪く、配置されている家具も淋しげだ。は言葉にしないものの初めて踏み入れた異性の家に(とは云っても相手は教師)緊張を少なからず覚えた。

「上を見てくる。この奥の部屋で待つと善い」
「…解りました」

足を慣らしながら階段を上っていく機嫌の思わしくない(いつもだが)男を見上げながら吐き気がだいぶ収まりを見せた胃の辺りを撫で付けは少しばかり揺れる膝を叱咤しながらスネイプの言葉通り奥の部屋へ足を踏み入れる。玄関でも思った通りの居間の静けさに呆然と立ち尽くす。やはり何処をとっても陰険な男らしさが溢れる部屋だった。何をすれば善いのか戸惑えばいつの間に戻ってきたスネイプが背後から音もなく現れ、は飛び上がりそうになった。

鼻持ちならない笑いを湛えたスネイプは小ざっぱりしているソファーに座るよう促せば素直に従い腰を下ろすを一瞥し、満足したかのように扉の向こう側へ消えた。またもや一人きりにされたは居心地悪そうに何度か座り直し、やっと満足感を得られる。居間は玄関以上に殺風景で物と云ったら今彼女が腰を下ろしているのと向かい側にあるソファー、その間に挟まれてテーブルがある。壁に張り付くように本棚が二つ、ぎっちりと役目を果たしているのを見て厳格な男の性格が滲み出ていた。窓から零れる光は木々に遮られて薄暗く、人工の光を使わなければ眼を悪くしそうな程だった。

(地下室、それ以上かも)

眉を顰めれば、彼女の行動の粗を見つけたとでも云うかのように丁度善く扉から出てきたスネイプには落ち着き始めた身体を伸ばしながら教師を見上げれば、僭越ながらと云った表情をしていた為に、引き締めた筈の表情が表に出てしまいそうになる。かちゃん、と少ない家具の一つであるテーブルにに置かれたティーカップを視界に入れればしかめっ面は途端に消え失せ眼を丸くするにスネイプは表情を崩さずに云う。

「カモミールティだ、その不謹慎な顔が少しでも解れると善いが」
「……ありがとう、ございます」

思わない処で飛んできた皮肉にどっちが、と思わず叫びそうになるが何とか堪えたは引き攣りながらも笑顔を作る。眉間の皺を着々と増やしながらもホグワーツの外では減点も罰則も出来ない悔しさにスネイプは歯軋りをしたい気持ちで胸を焦がした。ダンブルドアの手前追い出す訳にも行かず、大人の余裕だと云わんばかりの態度を取る自身を褒め称えたい。まあ、彼女もそれなりの分別をつけたようで数ヶ月前のような態度はしなくなったのだが二ヶ月間この生徒と同じ時を過ごさねばならないと思うと温厚な皮を被った翁を恨みたくもなるものだ。スネイプはの向かい側のソファーに腰掛け、紅茶を口に含めば視線が己に向いている事に気が付く。

「…何だね」

柔らかくを頭の中で掲げて声色を考えて発言してみるものの、何らいつもとは変わらない自身の声が部屋に響いた。視線だけ動かせばはおずおずと視線を合わせた。何か云いたげに唇が開閉するのを見ながら早く云えと眼で急かせば開きかけた唇は頑なに開こうとしなくなった。

「、すみません…何でもないです」

そこから少女が何かを男に何かを云いかける、と云う行為はなくなった。
スネイプは苛立ちと靄がかかる感情を混ぜ合わせながらカモミールティを口に含んでいる少女を盗み見している内、諦めたかのように溜息を吐く。先が思い遣られた。

不穏な空気を居間で厭と否定したくなる程感じた後、スネイプに連れられ二階へと続く階段を上れば数メートル続く廊下の向かい合わせで扉が二つずつあり一番手前の部屋の扉を開け、とを促せば、スネイプの後ろ少し離れた場所に立っていた身体を前に持っていき扉を開く。こじんまりとしてはいるがベッドも机も生活には困らない程度の家具はしかと揃っていると云う処がこの教師の美点だろう。

「不便だと感じる処が多々あるだろうが、我慢したまえ」
「いえ、十分です」

振り向き少女は男を見上げて笑えば、頷く他ない。
何か欲しいものがあればと云い残しスネイプはさっさと部屋の扉を閉めて出て行ってしまった。は二ヶ月間暮らしを共にする事に早速疲れを見せ始め、片付けたばかりであろうベッドに身体を投げれば埃っぽさなどなく意外な一面を垣間見た気がしたが一瞬の気の緩めが襲いくる睡魔に遣られあっという間に深い眠りに落ちていった。

眼が覚めた頃には窓の外は薄い靄がかかった状態だった。元々この家は日当たりが善くない所為か朝か昼か判別がつきにくくは持ってきていた魔法界の時計を見れば時刻は七時前だった。あの後直ぐに寝てしまったという初日からの失態に顔を青くしながら階段を下りれば居間には既に人がソファーで寛いでいる。家でも全身黒なのかと如何でも善い事を思いながら敷居を跨げば新聞から顔を出した学校と何ら変わりのない表情。寝ぼけている頭を起こすのには丁度善かった。

「、おはようございます…」
「…ああ」

安堵の息をついた少女とは対照的に男の眼は驚きに見開かれていた。その僅かな違いに未だ気が付かないは新聞を読み始めるとばかり思っていたスネイプの手が折り曲げたままで止まっている事に気付き頭を傾げれば男は慌てて新聞を広げ始めからは表情が見えなくなる。どうしたのだろうと、昨日のように向かいのソファーにぎこちなく座れば新聞の向こう側で地を這うような声が、しかししかと彼女の耳には届き直ぐにそこを退室していく背中を新聞越しで感じ取っていたスネイプだった。