( 12:グラデーションが溶けていく )

陰険教師もといスネイプと共に過ごすようになってから一週間と三日もすればある程度お互いの距離感も掴め、気さくに何でもとは云い難いがある程度は話せるようになった。共に暮らすようになってが驚いたのはスネイプの態度だった。学校ならば即座に減点しそうな事も黙って青筋も立てる事なく見ているだけに留まる。(減点出来ないからかもしれないけれども)例えば掃除をしようと思い謝ってガラス製の物を床に落とすとか日常茶飯事と云っていい程だったし、お風呂掃除をしようと扉を開けばスネイプが入浴中だった事もある。食事は出来る限りが作ってはいるのだが美味しいとは自身でも思えない出来栄えに顔を顰めるも文句一つ云わずにお皿を綺麗にしてくれる。それでもこの何日間残した事はなく、は申し訳なくなってくるのだった。今日もそんな朝食を作り終え、水廻りを掃除し終えたは日頃思っていた事を口にしようと決め、手をタオルで拭きながらスネイプから向かいのソファーに腰掛けた。

「スネイプ、教授と呼んでも…いいですか」

突然の申し出に紅茶を優雅に飲み始めたスネイプは眉を寄せ久方ぶりに見た眉間の皺には少しの免疫力で耐える。思えばこの表情もこの家ではあまりと云うよりも初日以外見せる事はなかった。気を使わせてしまっている事にやっとの事気が付いたは酷く狼狽えた。優しくないと思った人物の優しさが垣間見えた時人は少なからず今までの己の行いを恥じ、意外な面にどう接すればいいのか分からなくなるものなのだ、のそんな戸惑いを感じ取ったのか眉間の皺はそのままにスネイプはティーカップから口を離した。

「何故、教授なのかね?」

苛立ちでもなく、ただ素直に問いかけるスネイプに戸惑いは少し緩和される処か酷くなるばかり。やっとの事家に馴染み始めた少女にまた一から接しなおさなければいけないのはスネイプとしても面倒であるし、何よりもこの何日間の事が無になるのが心の何処かで厭だったのだ、と脳裏を過ぎった時即座にそれを打ち消す作業に移る。嗚呼、そういう事じゃあないとスネイプは微かにカップを持つ指に力が入った。それに気付く事なくのぎこちなく唇が震える。

「な、んていうか…先生よりも、教授って云う方がしっくり来るので、」
「ならばそう呼ぶが善い」

再び紅茶を飲み始めるスネイプの行動に些か驚かされる。その驚きが少なくともまさか了承して貰えるとは思っていなかったとは口には出せず少しばかり開かれた唇の間から歯がちらりと覗く。

「善いんですか…?」
「肯定以外に何と取れるのかね」
「…っありがとうございます!教授!」

花に水をあげたように、太陽の光を浴びたように、少女は男に微笑んだ。早速呼ばれた教授と云う呼び名にスネイプは中身の無くなったカップの行き先をどうすればいいのか分からなくなる程に狼狽えたがはそんな貴重な場面を目撃するまでもなくそのまま居間から出て行ってしまっていた。の細い前腕に籠がかかっていたのを見届ければ彼女が何処へ行くのか分かるようになったのはスネイプの観察力のお陰か、はたまた彼女の行動範囲が狭まっているだけなのかは今は誰にも判りはしないだろう。

草木が枯れ行くように男の心も次第に枯れていく、否心だけではなく身体も、胸にこびり付いて離れない感情と云うものと同じようになっていくのだろう。少女が居なくなったのを見届けたスネイプは居間の三つある扉の内の一つである研究室への扉を開く。扉を開けば薬草の匂いと先程から煮込んでいた薬独特の異臭が部屋に充満しているが、そうでなくとも薬草の匂いだけで十分鼻が曲がる。しかし長年薬草と向き合ってきたスネイプにとってこの香りは何ら問題のなく、男自身からも匂いが張り付いている状態だった。時計廻りに三回、きっちりと廻した後最後の仕上げと葉を落とす。焼け焦げた匂いが一瞬辺りを包んだかと思えば直ぐにそれは消え残ったのは完璧な薬。

傍から見たらそれがどんなに詰まらないようなものに見えても男にとってはそれは至福の時だった。綺麗な色をした薬を薬瓶に流し込み蓋をすればそのまま研究室から出て行く。向かう先は庭先の小さな箱家、そこには一匹の梟が毛繕いをしておりスネイプが来るのを待っていたかのようで男を見れば眼を輝かせ足首を進んで差し出す。それにスネイプは薬瓶を入れた袋を括りつけ梟の羽を繊細な指先で撫でる。

「ダンブルドア校長の処へ、頼む」
梟は了解とでも云うかのように一鳴きした後スネイプの指先を遮って空に飛び立つ。少し重そうにそれを空に持っていく梟を一瞥した後家の中へ戻っていった。