( 13:失うまでの短い時間 )

数日家を空ける事になったと告げられたに否定権など元よりないと云うのに律儀に告げて家を出て行く黒衣の男にいってらっしゃいと告げれば静かに相槌をしてその男は消える。その背中を見送ったは日の明るくなってきた空を見上げ少し淋しくなったのはいつも誰かが傍に居るからだと思い込む事にした。

家の中に戻っては見たものの、する事など何もなくは部屋のベッドに身を投げ、ぼんやりと窓の外の景色を眺めた。(皆どうしているかな…)ベスやアマンダ、その他の友人に出そうと決めていた手紙も此処だと出すのは憚られ、結局出していない。当初はどうなるかと思っていた教師との生活も案外苦痛ではなく、住み心地も善く気が付けば安心している自分が居る。何て事、あんなに嫌っていたのではないかと思ってみてもベスが熱病から醒めてからは不思議とスネイプの事が嫌いではなくなっていた自分を思い出し、人間と云うものは何が起きるか分からないとつくづく思ったものだ。何をどう道を間違えて大嫌いから普通に、今では少しずつではあるが好きだと云う方向へと向かっている。そんな感情にゆっくりと気が付き始め、恥ずかしさのあまり枕に顔を押し付けた。

(何を考えているの、あの人はダンブルドア校長先生の命令で此処においてくれているだけで別に何も思ってないのだし、それに年中茸栽培しているような場所で住んでいる人なのに、髪の毛だって脂ぎってるし、厭味…はあまり云わないけれど年中不機嫌そうだし。でも、)

思考が確信へ触れようとしたのがきっかけと云うように窓の外からこつんと何かが当たる。枕から顔を上げればそこには真っ白な梟が窓を叩いていた、嘴には手紙が器用に咥えられており身体を起こし鍵を開ける。白い梟はに手紙を渡したのを確認した傍から水も飲まずに飛び出した。引き止める間もなく消えた梟の残像を眺め仕方なく扉を閉めれば、森の中だからかあまり気が付かないが夏の風が部屋に入り込んできた。

(誰から…あ)

宛名から引っくり返せば繊細な文字で書かれた名前、今朝家を暫く留守にすると云ったばかりの男からだった。は驚きと無意識に感じている嬉しさを胸に慌てて封を開ければ走り書きのような文字で言葉少なに書かれている。火の元は注意するように、ご飯をちゃんと取るように、薬品を滅多に触れないように、と書かれた言葉を読みながら母を連想してしまうのは仕方ない事だろう。行く時に云えばいいのにと思いながらもその言葉が書かれた羊皮紙を胸に抱いた後、手持ちの日記帳に挟んだ。胸の辺りが暖かくなるのを感じつつ、嗚呼やっぱり優しい人だと今まで感じる事のなかったものが込み上げてきた。

胸がほかほかとしている間に夕飯を作ってしまおうと考えているうちに陽はあっという間に家に差し込む事がなくなり反対側へと向かっていってしまった。嗚呼、と慌てながら居間へ降りればいつもはそこに居る筈の人が腰を据えて居ない事に気が付き、数日間居ないって云っていたとちゃんと頭の中では理解していても淋しくなり、胸の温かさを少しだけ消すものだからかぶりを振って誤魔化した。

食材は毎日揃えてくれているらしく切れた事がない。案の定食べ物を保管しておく棚にはちゃんと何日か分の食品が収まっている。意外に小忠実な人なのだと感じれば先程までの寂しさは急に外へ出て行ってしまった。(何だか、自分って単純)

最近はあまり云われなくなったけれども、以前の自分ならば耳に蛸が出来る程云われていたのを思い出す。好き嫌いと区別したがり、厭なものは善くも知らないのに嫌悪していたりしていた。友人達と比べれば自分の精神年齢が余計低い事が浮き彫りにされて居た堪れない時もあり、ベスと居た時に感じていた劣等感は離れている事によって薄れてきているのか、然程感じない事が自分の心に安らぎを与えているなんて善い気分ではなかった。早く帰って来て欲しい、と口にしかけて自身の心に緊張が走った。

(三、四日程で戻るって云っていた。たった数日じゃない、)

丁度手にしていた南瓜を取り落としそうになる。
これ以上スネイプの事を考えていたら何も手につかなくなりそうだと思い、振り払う為に南瓜の使い道を頭の中で構成していく事にした。それでもちらりと覗く黒色に今度は包丁を床に差し込んでしまってからはこっそりと持参してきたインスタントのご飯が今日の夕食になった。