( 14:隣町で買ったフルーツタルト )

提言通りスネイプは四日目の朝に帰って来た。
朝と云っても早過ぎる程で彼が我が家に足を踏み入れた時は夢の中を彷徨っている間だった。気配を極力消しながら玄関の扉を閉め、心の赴くまま階段を上がるスネイプは途中違和感を感じ、折角上ったというのにその分全ての段から降り居間へ向かえば彼の眉間の皺は疲れと同じように深く刻まれる。どうしたものかと溜息を落とせば、夢への扉を開いたままの少女にその音は聞えず気持ちの良さそうな寝息が彼の疲労を刺激した。

(全く、どうしてこんな処で寝ているんだ)

与えた部屋で寝ているかと思えばはいつも自身が座り食事を取るソファーではなくスネイプが座る方に小柄な身体を更に小さくし、まるで猫のように丸くなり寝ている。身体には何もかかっておらず男の溜息にはその事に対しての不服も含まれていた。夏だからと云ってこの家が建っている場所はあまり暑さが身体に残るくらいの熱は来ない、幾ら年を通して一番温度が高いと云っても何もかけないのは風邪を引きたいと自ら宣言しているようなものなのだ。もソファーで寝てはいるが身体が寒さを訴えているのかこうして体温を逃がさないように手足を服の中へ潜り込ませているのだろう。

朝だとは云えまだ日付が変わってから三時間程しか経っていない。暗闇と身体が同化してしまっている男はゆったりとした動作でクロークの釦を外しそれを少女にかけてやる。極力風を生まないようにと細心の注意を払う事はスネイプにとって何の苦にもならない。滑るように外套をかけた手を裏返した甲は少女の頬に触れるそれもクロークをかけた時のように繊細な動作だった。思った通り頬は冷たく、そのまま触れた唇も頬と同等に氷のようだとスネイプは再度溜息を吐き、向かいの、少女がいつも座り生活の一部をするソファーへ座れば皮製のそれは男の重さで微かな悲鳴を上げた。

「…ん…、」

は仄かに香る独特の匂いに嗅覚を刺激され眠気がまだ残る頭でどうにかそこから這い上がる。身体を動かすとソファーがぎしぎしと音を立てた事に驚き、昨夜帰って来るか分からないスネイプの帰りを起きて待とうとしたの健気さも睡魔の前では敵わず、つい自身の定位置から抜け出して反対側のソファーに腰掛けたくなったと云う処まで思い出し、思わぬ処で寝てしまったと丸めていた身体を動かせば微かに寒さを感じた。微か、と云う事と先程から感じる匂いに違和感を感じ眼を瞑りながら悶々と考えていた彼女が目蓋を開けばそこには帰るかどうか分からずに待っていた男が向かい側で肘掛を枕代わりにして眠りについている姿が真っ先に眼に入った。心なし寒そうに眉間の皺を湛えているようにも見えなくもなく、腕を組みながら睡眠をとっている事から寒さを夢の中まで持っていっている事が分かった。

(か、えってきてる…)

木々から零れる光が部屋に差し込んで居間を照らし出していることから朝らしい。
いつ帰って来たのだろうという疑問を抱きながら、起こさぬように足を床につけると思った以上の冷たさに身体が凍りそうだった。するりと肩から零れ落ちた布に眼を落とせばは一層身体を固めた。黒いクロークは自分の物でなければスネイプ以外の誰かなんて考えられない、現に目の前の男は寒そうにしているのが何よりの証拠だった。感じていた独特の匂いは薬草のものだったのかと納得する。は静かに、スネイプに歩み寄る。ソファーも小さいのか足が床に落ちてとても窮屈そうだ、なのに何故ベッドへ行かなかったのかと疑問に思いながらゆっくりと居間を出て二階から普段使っている薄い毛布を手に戻って来れば先程と同じように不機嫌そうに眠りについているスネイプがそこにいる。

はそっとスネイプの身体に持ってきたものをかければ男の眉間が若干柔らかくなり、それを見る少女の表情も柔らかくなる。羽織ったままの自身には大き過ぎる黒いクロークを引き摺る、まるでスネイプが身体を包んでいるようだと感じた途端何を考えているのだろうとの熱は上がる。身に纏わらせたクロークから香る薬草臭が一層そう感じさせるのだとは気付かずに元居た場所にゆっくりと腰を落ち着かせれば幾分かまともになる思考に身体は云う事を聞かずスネイプを瞳に映し出そうと顔を向こう側へ向けた。

(……っ見るな、莫迦!)

自分自身に叱咤しながらもクロークを身体中に纏わらせ、顔を朱くし身を埋める。傍から見ればその抱いている感情は分かり易いこの上ないのだがそれを眼にする事なく好意を寄せられている男も、抱いている少女も気付く事は暫くなさそうだ。恥ずかしさでどうにかなってしまいそうなはそれに身を包んでいるうちに再び眠りについてしまった。

入れ違いに眼を覚ましたスネイプは自身に掛かっている掛け布団に気付き、向かいのソファーで座ったままの状態で男のクロークに身を包みながら眠りこけている姿を映した後微かな優越感を感じ、掛け布団から薄っすら香る柔らかい香りに息を呑む。眠りの浅いスネイプがのように何度も眠りにつけず、起き上がる行為だけはしてみたが掛けれらた布団から出る事はせずただぼんやりと黒いクロークを見ていた。