( 18:キスかショコラかグッバイか )

さてどうしたものかとスネイプは思案する。
書店は広くもなければ狭くもない中間辺りの広さを保っている店であるからして、身体の小さい少女を見つけるのには少々困難な事だった。探すのが億劫だと思うのならば当初からついて周れば善いなんていう考えもあるのだが折角ダイアゴン横丁まで出向いたのに決して若くはない教師と書店の中でも共にするというのは気が引けた。だからと云って早々に魔法薬学の書物へ走るのも、どうかと思う。そもそも此処に陳列されている本の殆どは読みきってしまっているのだから専ら書店に足を向ける事はない。

スネイプは少女と別行動する為魔法薬学書のある棚まで歩いてみたもののやはりそこに並べられている書物はどれも眼を通したものばかりで、突っ立っているのもなんだからと本を一冊引き抜いて中身を興味なさげに捲る。全て頭の中の貯蔵庫に入っていた内容しか書かれておらず溜息を落としながら本を元に戻せば、隣で本を物色している魔女が大げさに驚き肩を丸めた。その様子に今更傷つく事もないが自然と眉間に指先が行くのは仕方ない事だろう、何せ長年染み付いてしまっている癖なのだから。

(我輩は異性で無くとも好まれはせんのだから、な)

自身の事なら善く分かっているつもりだと癖から手を下ろす。眉間には深く刻み込まれた皺に怒りか苛立ちかで痙攣する唇、髪の先まで脂ぎって不潔そうに好き放題に伸びた前髪と同じくらいの後ろ髪。極めつけは顔の真ん中を占領している鉤鼻はお世辞にも恰好善いとは云い難い。びくつく魔女の背後を通り棚から離れて少女を探しに行こうと足を歩めた。そして冒頭に戻るのだが中々見当たらない少女の姿にスネイプは書店の中まで雪崩れ込んでくる人々に舌打ちを零しつつ、あらゆる種類の本が置かれた棚を見て周る。全く、こうなるならば張り付いておけば善かったかと思った矢先聞き覚えのある声がスネイプの耳に届いた。

「離し…っ」
「お茶に付き合ってくれるなら離してあげるよ」

全くこういう日には頭の湧いた者が一人二人いては可笑しくはないが、とスネイプは眉間の皺を濃く見せ、こんなに人が群がっているというのに誰一人として少女を助けようとはしない者達に些かな怒りを含ませた。スネイプがクロークの中に風を含ませながら床に靴を押し付けて棚の向こう側へ身体を滑らせれば少女は居た。但し、男の腕に身体を閉じ込められているのだが。少女、は本を何冊か腕の中に抱きながら男からの拘束を解こうと抵抗してみるも男は何のそので微かな笑みと焦りを含ませて少女を落ち着かせようとしていた。

何処かで見た事のある男の顔を思い出そうとスネイプは一層濃くなる皺を無視し記憶を探れば案外簡単に見つかる。忌々しい金と赤のストライプ柄のネクタイをした七年生であった、つい先月ホグワーツを卒業したばかりの元生徒、テッドボナだ。足が勝手に進みスネイプ側から顔を横向けている二人に近づくと、何かを察したのかテッドボナが振り向いた途顔が青くなる、書店は魔法で風が店内に送られているが決して涼しくは無い。捉えられているもテッドボナのようにするが少女の方は顔を朱く染めた、この場合も店内は顔を一瞬の内にして朱くする程暑くない。

「す、スネイプ先生…」
「教授!」

勿論の事前者の言葉はテッドボナである。
外でも彼の事を教授と呼ぶのは数える程にしかない。校内一忌み嫌われている男が突然現われでもしたらこうなる事を予想していたのか、スネイプはさも当たり前のように唇に弧を描かせる。少女を捕縛している青年は益々顔色を悪くする一方で、少女の方はこの状況下をスネイプに見られた事により顔を朱くしたままそれが耳までに達していた。

「幾ら卒業したと云って何をしでかしても赦されるとは思ってはいないであろう」
いつものようにこびり付くような声色で口元に笑みを湛える男を見れば誰でも言葉を無くすものだ、それだと云うのに青年はまだ微かな余裕を持っていたのか唇が動く。

「あ、いえ…この子と知り合いなので…」
「ほう、それにしては随分抵抗されているようで?」
「そ…れは、」
「処罰や減点が出来ないのが頗る残念でなりませんな、彼女を離したまえ。Mr.ボナ」

七年間、スネイプにいびり続けられたグリフィンドールの残り痕が離れていない青年は彼の云う通りに少女を離し、注目の的となっている視線を振り払うかのように書店から飛び出していった。消えた青年の背中を呆然と見ていた少女は数秒間そのままでそれからはっと我に返りスネイプに視線を向けた。口を開こうとしたの腕をスネイプは都合が善い事に自身達に道を作ってくれる人混みに珍しく感謝しつつ少女の手にしていた本の代金を瞬く間に払い、少し多いばかりのお金を返そうと店員が慌てた様子で声をかけるも振り向く事はなく黒いクロークをはためかせた男は少女の腕を掴んだまま先程の青年と同じように書店から姿を消した。

引っ張られる腕には何度か痛みを訴える為、男の名を呼ぶのだが男は振り向く事もせず何処へ向かっているのかも分からないまま足を歩める。が分かっている事と云えば人混みとは反対側へ進んでいるという事だけだった。人々は迷惑そうに顔を顰めるのだがその度に視線はスネイプの方へ向けばその肌色は瞬時にして青くなった。掴まれる腕、スネイプの異常なまでの速さにこれが本来の歩行速度なのだと気付けば男の背に顔面を思い切りぶつけてしまう。顔を上げれば一面に広がる黒色が移動し、スネイプの顔が視界に入る。腕はもうそこでは自由になっておりの腕の中には先程スネイプが代金を出した小説数冊が抱きかかえられていた。

「あ、代金!」

本の事に気が付き声を出したにスネイプの背中は怪しげな店の中へ滑り込んで消えていた処だった。慌てて周りを見渡せばあろう事かダイアゴン横丁ではなくノクターン横丁だと云う事に気付き、スネイプの後を縺れる足で追いかけた。