( 19:青いまま実る夢 )

霞んで善く見えない視界の中に浮かぶ青白い物体を善く見ようと眼を細めれば同時期に痛み出す重たい頭を手で押さえつつそこから眼を逸らす事はしないように勤める自分が可笑しいと気付く事はなかった。それは身軽に上下移動しの視界から決して逃げるような事はしなかったのだが、それを一瞬でも見逃したら消えてしまいそうだと必死に眼球を動かした。青いそれは逃れるような素振りは一回もしなかったのにも関わらず追いかけようと手を差し伸ばした途端視界から消えてしまった。空を切る掌、は呆然と掴み損ねた青に泣きたい気持ちで一杯になった。何故泣きたいのかは分からないけれども兎に角涙が溢れて霞んでいる視界を一層見え難くさせた。夢はそれで目が覚めた。

夢から引き起こされた現実の彼女もまた涙で枕を濡らしていたが現実に戻された途端にそれは何の夢で何で自身が悲しいのかも分からないままの起床だった。夢の中でも何故胸を貫く哀しさが溢れるのか理解に苦しんだのだから、今は一層訳が分からない筈だ。マグル生まれのはホグワーツ内で狂っていた時計を魔法で直し、それを使っていた。時間は早朝、まだ朝御飯を作りに下に下りていく時間ではなく夏空はまだ早いというのに薄っすらと太陽の光を世界に進入する事を許可していた。もう一度眠ろうと湿った枕を頭に眼を瞑った処で自身の覚えていない処で高ぶった心は中々夢の中へと旅立たせてくれない。

「起きるのも、厭だな」

張り裂けそうな心臓が夢への興味を引き立ててもう一度微かでも善い、残像を見せてくれたならと暗闇へと身を投じるがやはり無駄な努力だった。仕方ないからと眼を開けてかちかちと云う時計の針を見ている内にダイアゴン横丁でのスネイプを思い出して、男と同じように眉を寄せた。

スネイプに続いて入った店は奇妙なものばかりが並ぶ、男の地下室とそう大差ない。瓶の中には生き物の一部分と思われるものが緑色の液体等につけられ偶に揺れて気味の悪さに拍車をかける手伝いをしてくれている。店主は慣れたようにスネイプに対し何かお探しですかと聞き、男は羊皮紙を渡した。その間も何かには聞えないようなぼそぼそと呟くような話し方をしているので突っ立っているのも暇だと思いスネイプの背から離れ少しばかり広い店内を歩き見る事にした。数冊であるが厚みがある本は少女の手には些か重いようで何度か持ち直しながらも気味の悪いホルマリン漬けの生き物を眺めた。緑色をした液体が並ぶ棚から青色にそして桃色になった処で背後で鋭い声が刺さり、身構えていなかった為酷く驚いた。

「それは愛の妙薬、惚れ薬です。気になる男性にでも如何ですかな?」
「…っい、いえ…」

慌てて振り向けば先程スネイプと話しをしていた店主が立っていた。
気になる男性、と云う言葉に身体が勝手に反応し、店主は何本か抜けた歯をそのままににやりと笑う。愛の妙薬の瓶の中には何かの生き物の器官の一部分が入っておりまたそれもぷかりぷかりと微かに上下している姿が気持ち悪い。原材料がこれだと知ったらきっと己から使おう等と思う人はぐんと減るのではないかと思った。些か残念だと眉を下げる店主の少し離れた場所にスネイプは立っており此方の様子を窺っているようで、まるでが惚れ薬に興味があるように見えているかのような視線に頬を朱く染めた。意味ありげな店主の顔つきにも恥ずかしさは一層高くなるばかりで抱えた本を思わず床に投げ付けてしまいそうだと思った。

「帰るぞ、」
「っはい!」
「またのお越しを」

店主の声を背景に外に出れば店内とあまり大差のない薄暗い街並みが広がって、恐怖に身を震わせると前を歩いていくであろうと思っていた男が立ち止まりに手を差し伸べてきた。左手には先程購入したと思われるものが入っていると思われる袋が握られており、利き手であろう右手を向けていた。どうしたんですか、と問いかけようにもスネイプの眉間の皺は度々痙攣し、早くしろと云わんばかりだったのでは荷物の事か手を繋ぐ事かで悩んだがおずおずと自身の左手をそこに乗せた。きゅと小さな彼女の手は大きな手によって締まるが痛みなどなく加減をしているのが分かる。スネイプの手は度々魔法薬学で火傷を負い、それを皮膚が再生する行為を何度も繰り返しているのか皮の厚い、そして痩せていて骨張った手だった。歩調も合わせてくれているのだろう左側には掌と繋がっているスネイプの姿がある、は男の表情を窺い見ようと眼だけを動かして頭上を見るのだが男は少女よりも腕の関節程高いのでその表情を確かめるのは容易な事ではなく、薄暗さが男に味方している分それは困難な事だった。

記憶の中から戻ってきたは薄明かりの空が今ではすっかり太陽の光によってきらきらとしている事に気付き慌ててベッドから飛び出た。ダイアゴン横丁での一件以来スネイプの雰囲気に柔らかさが微かに足されているような気がしてならないのだと服に着替えながら思う。時計の針が七時を指している。スネイプは後数分したら起きてくるのだろう、若しくは一日中研究室に篭って薬品と対峙しているのかもしれない。前者ならば眉間の皺一本で片付く処が後者の場合になると眉間の皺が尋常ではなく、それに加え陰険さの上を行く鋭さが雰囲気に混じる。少しばかり柔らかくなったと感じるものの、やはり考えてしまう事はある。朝からのスネイプの機嫌の違いを思いながらは部屋から出た。