( 20:凍らないまま満ちもせず )

夏休みと云うものが終わりに近づくまでスネイプと過ごしてきたはもう直ぐ学校が始まる事に少しだけ淋しさを覚えていた。スネイプは厭々家に置いているのだろうがはこの二ヶ月間でスネイプに対する想いが変わってしまった、それを同居人は気が付いているかと云えば皆目無いと云えるであろう。それでも偶に見せる優しさについ期待をしてしまうのは恋と云うものをまだまともにした事のない少女にとっては仕方の無い事だと云える。

「朝食の支度が出来たので下に来てください」
「ああ」

スネイプの自室の扉を叩く事二回、外から声をかければ中から返事が来るのが常となっていた。あれからスネイプがを自室に入る事は愚か覗く事も頑固たる意思の元で拒絶されていた。それもそうなのだが些かスネイプがそこまで潔癖症を煩わしていたとは思ってもみなかった、と扉の向こうから聞えてくる声を何とか聞き取りながら思う。この頃は研究室でなく自室に篭り部屋への侵入を見張っているかのようにも見え、少し罪悪感と云うものがじわりとの胸を蝕んだ。その為一昨日思い切ってスネイプに尋ねたのだが如何やらそれはの思い過ごしだったらしく、只本を読んでいただけだといつもと何ら変わりのない不機嫌面だった。

とは云え、中には嘯きも混じっているのだろう。少しの間で見つけた男の癖を上げるとすれば本を読んでいた、の中に嘘が混じっていた為にテーブルの上に置いた指先が微かに痙攣する。それに気が付いたのはつい最近の事だ、だからと云って男の内心まで悟る事は出来ず、只単純に入らせたくないから自室で本を読んでいるとしか云いようがないのが観察力の欠如を自覚している彼女にとって悲しい処だった。

テーブルの上にお皿を置く音と丁度善く、いつも通りの黒尽くめの男、スネイプが階段を静かに下りてくる。当初はその静かさ故、振り向いた時に既に定位置に腰掛けている男に何度驚いたか覚えていない。今はそれさえも慣れてしまったし、静かに下りてくる際に微かに軋む階段音を分かるようになっただけだいぶ進歩だと思っている。が次振り向いた時にはスネイプは定位置の場所で朝刊を広げていた処だった。

「教科書は全て揃えたのかね」
人差し指で綺麗に新聞を半分に折り曲げて此方の表情を見る事が出来るのはスネイプだけだろうとは思いながら、視線を合わせる。

「あ、はい。この間全て揃えました」
「そうか、忘れ物が無い様気をつけたまえ。明後日は新学期が始まる」
「そうですね…少し淋し…あ、ごめんなさい」

慌てて口を噤んだとしても耳聡い男の耳にはしかと聞えているだろうし、言葉の続きぐらい彼ならば容易に想像出来るのだろう。片眉が意味有りげに上がるのが眼に入り、思わず眼を逸らしてしまう。にしてみたら淋しいと感じるものでも、無理やりダンブルドアから頼まれたものがやっとの事居なくなってくれるのだから此れ程嬉しい事はない。はスネイプの顔を見ないように向かいのソファーに腰掛けながら頂きます、と呟いた。スネイプもを見る事を止め、目の前に置かれた料理に手をつけ始めた。

スネイプはきっと自分が居なくなって清々した、と口には出しはしないがそう思っているのだと考えたら胸が何とも云えない痛みで支配される。嗚呼、何て事。此れほどまで重症になっていたなんてとは自身の作った料理の内一つの人参のグラッセを勢い善くフォークで突き刺した。怪訝な眼を向けるスネイプの視線を気にせずに他のものもそうしながら口に運んでいく姿は容易に何か考え事をしているのだと男に気付かせていたのだが、生憎少女はそれに気付かず痺れを切らしたスネイプが行儀が悪いと嗜めたのをきっかけにやっとのこと止めた。

(好きじゃない、違う。厳しい人から優しくされたからそう思っているだけ)

きゅ、と手に力を混めれば金属製であるフォークがくにゃりと折れ曲がるのを感じた。この夏が明ければ七年生、最高学年になるというのに自信のコントロールがまだ侭なっていない事を知り、溜息の材料がまた一つ増える。スネイプと云えば口に出す事を早々に諦めたようで視線のみで訴えてくる、まるで責められているようなそれには些かの哀しみを胸に抱きながらスネイプに曖昧な笑いを見せながら席を立ち新しいフォークを取りに行く。眼が熱くなり、あと少しの攻撃に涙が零れそうな処まで来て、何故自分は泣きたい気持ちになっているのか分からないと曲がりくねったフォークを塵箱へと投げ入れた。夏休みの終わりが近づくのをひしひしと確かに感じていた。