( 22:遠くで流れていくのを見ていた )

流れ落ちる星を初めてこの眼にした瞬間一番先に教えたいと思ったのは自身の隣で気持ちよく寝息を立てている赤毛の少女だった。肩を何度か揺すれば起きるだろうが、もう流星は落ちきってしまった後では起こした処で彼女の機嫌を損なう以外のメリットはなかった為、少年は起こす事を止めた。それ以外にも理由はあるのだが人に悟られぬようにするのが彼の十八番であり、それはこの場ではまだ知る事が出来ないものだった。しかし、流星群が終わってしまった後もこのまま外に居続けては季節の気温によって身体を壊してしまいかねない上、彼女は両親の反対を知りつつこっそりと外に出てきたのだから。

自身の肩に体重をかけてくれている嬉しさで少年はその事を一瞬忘れかけるがぶるりと震えがした為、思い出し眠りに落ちている少女を起こしにかかった。

「リリー、起きて。此処で寝ていたら風邪を引く」
「ん…、うん」

彼女を起こした後空を見上げても流れ落ちた星はもう落ちきっていて見せたいと思った彼女に見せる事は出来なかった。眠りから覚めたばかりのリリーの機嫌は善いとは云えず、些か苛立っているのを感じ反射的に謝りを入れるのだけれど数秒後外に居る事に気が付いたのか逆に謝ってきた。そんな事はどうでも善い、リリーに星を見せたかったのにと彼女を見れば無理を云ったのは私の方だからと毛布をかぶり直した。

「今日はもう帰ろう」
「まだ流れ星が見れていないわ、もう少し居る」
「だが、眠そうだ」
「そんな事…あるかも」
「だろう、ほら」
「ありがとう、セブ」

風船が弾けて眼が覚める。暫しはそれが幻だったと気づかず自身にしては珍しく呆けていた。幻でもあり真実でもある昔の記憶を何故今更見るのだろうかと頭を押さえた。ベッドから降り、着替えを済ませて扉を開くノブを手にかけた処で気が付く、此処はホグワーツなのだと云う事に。そこではっと時計を見れば未だ四時、もう直ぐで五時になろうとしていた。朝食には些か早い時間であるし、ましてはこんな時間に外に出た処でうろつく生徒は居ないだろう。手にしたローブをベッドへと放り投げるとどっと前日の疲れが身体に落ちて来た。ホグワーツに戻ってくる度、自身は教員には向いていない事を再確認させられるのだが此処から出て行った処で得する事はなく、交わした誓約を破る行為にもなるのでそれはもとより彼の頭の中には無い。しかしだ、学び舎と云う場所で繊細な指の動きを必要とする魔法薬学であれ程までにも出来ない生徒が多いと幾らスネイプと云えど我慢なら無い。スネイプの授業を享受している生徒から云わせてみれば我慢しているように見えなくともだ、彼なりに堪えている。

(ほら、また一つ星が流れた)

眼はしかと開いているし、頭も冴え過ぎていて逆に煩わしい程だと云うのに夢の続きであるリリーの言葉が耳元直ぐ近くで聞え、隣を見た処でそこに彼女がいる筈など無いと分かりきっていたが反射的にそうしてしまいスネイプは舌打ちをした。

(彼女の死体もこの眼で見たのだ、居る筈はない)

不自然に青くなった部分が赦されざる魔法を受けた事をまざまざとスネイプに見せていた。青白い肌は生前のそれとは全く違い人目で魂がそこには無いのだと知らしめ、その時自身のした事が間違いであったのだと初めて気づいた。その頃には大切な人はとっくの前に男から離れていたという事も、彼女の死体を見た事によって自身の犯した過ちに気付く。それももう彼女が躯となってしまった今ではその事について弁解の余地もない。

(彼女ならば、)

ふと浮かんだ少女について男は瞬時に頭を切り替えるよう勤めた。
というのもホグワーツに戻ってきてからと云うもの占める事柄の略九割と云って善い程少女が浮かんでくるのだ。(仮に神聖なる魔法薬学中にだ!)それに対し、昔の自身の思い出までもが張り付いて記憶から呼び覚まされるものだからスネイプとしては迷惑千万である。どれ程彼女を恋焦がれてももう出会う事すら出来ぬのだから、ならば極力思い出さなければ善い話だと思っていた。そしてそれが数年出来ていたにも関わらず少女と共に夏を、たった二ヶ月過ごしただけだと云うのにその少女が鍵となるとはスネイプは思ってもみなかった。だから了承したのだ、もしそれが解っていたならば幾らダンブルドアの命であろうと断った筈。だがそうしなかったのはそう云った油断があったから、それに気が付いていたのだろうか、(だから狸…つくづく喰えない御人だ)

「セブルス、そんな処で頭を抱え込んでどうしたんだい」

早朝から聞きたくない声が男の耳に入り、訝しい視線を暖炉へ向ければその瞬間後悔する。見ずに居た処で状況が変わる等と云う事は全くないのだが、一秒でも足掻いた方が善かったのだ。プラチナブロンドを優雅に背へ流しステッキが暗闇の中でも確かに光を放つ処を見ると懐事情は素晴らしいらしい。男、スネイプはその姿を視界に入れ、眉間の皺を他の皺に比べて目立たないよう細心の注意を払いながら増やした。プラチナブロンドの男は仮にそれを知っていたとしても気にも留めないだろう。

「何ですか、こんな朝早く」
「随分な挨拶だな、セブルス」
「当たり前でしょう。今何時だと思っているんです」

嗚呼、と手袋をした手を顎に持っていき何度か撫でた後、自身の腕に付けられているらしい腕輪を指先で叩いた。それを合図に腰掛けているスネイプも自室にかけられている時計に視線をやる。確か起き出した時間は五時前だった筈だが、プラチナブロンドの男、ルシウスマルフォイが指指した時刻は七時をとっくに過ぎていた。些か驚きに顔を歪めるスネイプとは対照的にマルフォイの方は何が可笑しいのかわからないがくつくつと唇を歪めながら笑いに身を委ねている。時の経ち方が分かっていないのをまるで知っていたかのようだ、とスネイプはあからさまに機嫌を損ねれば、その笑いは暫しの時の後謝罪の言葉と共に治まった。