( 23:オーロラを呼んでいる )

「本日の授業はこれまで。真実薬についてのレポート、羊皮紙二巻き」

陰険教師の言葉が途切れると共に不服を洩らす者が一人でも居れば羊皮紙の長さはまた一段と伸びるであろう事をこの六年間しかと記憶に焼き付けている生徒達は厭そうに顔を歪めたものの誰一人として言葉一つでも洩らす事はなかった。その生徒の中には含まれていたが、他の生徒とは明らかに違いを見せており陰湿な贔屓教師もといスネイプの言葉を見聞き出来たというだけで満足だったことから宿題が出たという不服は心の片隅にも感じなかった。

授業の終了と共に出て行く生徒達の間を掻き分けスネイプに近寄ろうとする奇矯な生徒であるはどうにかしてスネイプに声をかけようと躍起になるのだがどうにも男はさっさと自身の自室へ引っ込んでしまい声をかけるまでもなかった。どうしても話がしたいならば自室の扉でも叩けばいいのだろうが、生憎そんな度胸も話題も持ち合わせていない少女は消えた黒衣にあからさまに落胆し、そのまま生徒の波へと身を寄せた。

朝の喧騒は睡眠から起こされてから数分も経っていないと苛立ちの種となりうる。まさにがそうでありお皿に適当に乗せていく間も彼女を起こしたアマンダは呆気にとられていた。見ている感覚は眠気の中でも分かってはいたが問いかける力は未だ湧かず取った食べ物を口に入れようとした途端、耐えられないと終止云いたげなアマンダからやっとの事静止を云い渡され仕方なしに腕を止めた。

「新学期が始まってから何か変よ?」
「そんな事ないよ、どうして?」
「だって、ほら…パイにカボチャジュースかけて美味しいの?」

アマンダは酷く云い難そうに目の前の事態を指差した。
その視線の通りにが自身の食事に視線を下ろすと大好きなパイには無残にも(アマンダの言葉通り)カボチャジュースがかかってさくさくと焼いたであろうパイは水分を好きなだけ吸い込んだ所為でふやけていた、と云う事はどれ気付かなかったのかと云うのを証明していた。

「…悪戯?」
「な訳ないでしょう」

自分でかけたという記憶が無い為、無いだろうが一応口に出してみるもののやはりそれは全くの見当違いであり、アマンダの記憶だけが頼りだった。アマンダが云うには呆けていたかと思うと突然ゴブレットに手を伸ばし、持ち上げたかと思えばそのままそれを傾けパイにかけたという。は水分を吸って無残な姿になってしまったパイを避けた。朝方だった為アマンダはまだ眠気がしかと飛んでいっていないのだと解釈した。

その日一日はにとっても過去最低なものとなり、何をしても何時も以上に頭に入らず居た為何度注意されたか覚えていない程だった。次第に初日のような訳の分からない苛立ちに支配されそうになり慌てて首を振り思考を外へと飛ばす努力を試みるものの、それが上手くいった例がない為無駄な労力を使う羽目になった。驚く事にそんな無残な姿を見せられているスネイプが一番早く彼女に注意しそうなものを男は一瞥をくれるだけで何も紡ぐ事はなく、魔法薬学の時間は過ぎていった。謎に思うのならば彼女だけで充分な筈だが何も彼女だけではなく、その教室に居る者一人残らず疑問を抱かずには居られないスネイプの行動だった。とは云え肝心の本人達はそれに気が付かない為一層生徒達に疑問を残していた。

「——…」

嗚呼、厭だ。と何度心で吐き出したか知れない言葉を吐き出しながら乗っている人間の意志関係なく好き勝手動く仕掛け階段に七年も使っていながらも慣れずにいたは苛々する。スネイプの姿が見られる唯一の魔法薬学が終わった事さえ残念に思う間もなく彼女は部屋をどの生徒よりも真っ先に飛び出し見事仕掛け階段の罠に引っかかったという有様で、呆けている数秒の間に彼女の身体は最上階まで上ってしまっていた。もう次の授業に間に合わない事が分かりきっていた為早々に諦めそこで腰を下ろす事にしてみたものの、季節は秋、そんな中制服一枚では流石に涼しすぎたらしくくしゃみをした。少し前まではさぼりを平気で働いていた自分を些か取り戻したかのような気分になり複雑な気分のまま先程教授していた魔法薬学の教科書に鼻を近づけるとある男の香りそのもののような錯覚を起こし、無意識にそれを両腕で握り締めた。

「……、何しているんだろう」
鼻先に教科書を持っていって胸を和ませるなんて、と我に返って自身のしたことによる難解な行動に眉を顰めるもそれを遠ざける度淋しい気持ちが溢れ出てきてまた近くに寄せてしまう。自身の変わった行動に気が付いているも止められず、核心に近づくにつれて彼女の心臓の音は殊更大きくなっていった。