( 24:すべてをたいらげるまで )

は苛々としていた。夏休み前までは決して抱くまいと思っていた感情が今は彼女の心を支配しきっていて、最早彼女自身ではどうにも出来ぬ処まで来ていた。何故か、それはまだ答えを見つけられていない、否、否定をし続けている所為で何が答えなのか解らなくなってきているのだった。スネイプが授業中他の(苗字だけれども)生徒の名を口にするだけでもう少女の心は何とも云えない渦巻き、私の事を呼んでほしいと思っていても男は新学期始まってからもう二週間となるが一度たりとも呼んだ事はない。それはが授業を遅れずに出席するようになったというのと、奇行をしなくなったという理由が二つ上げられるが、それだけでは二週間も経つというのに教師が一個人の生徒の名を一度たりとも呼ばぬなどと云う芸当はどうやっても出来ない。それはスネイプが故意に彼女の名を避けているとしか思えなかった。

レポート返却にしてもスネイプは何故か出席番号順に並ばせ一枚ずつ渡していくという形式になっているし(夏休み前までは名を呼ばれ取りに行くというのが主流だった)、そのお陰で生徒達は不服を洩らしかけたが此処でも生徒達は今までの経験を生かしスネイプを怒らせる行動は取らずに済んだ。がスネイプからレポートを差し出された時何か紡ごう素振りを見せようものならば即座にスネイプは後ろに居る生徒の名を呼び、暗に場所を変われと云っていた。そのあからさまな態度には鈍感と呼ばれるでさえ気付いた。それでも授業が始まった当初は気が付かず、早く授業を済ませたい一心なのかと思い素直に行動してはいたがそれが少しずつ故意の行動である事を彼女に知らせ、スネイプは自身を避けているのだと解った。それが二週間という時間を要したのだが彼女にしてみれば最短記録と云えよう。

「アマンダ、レポート結果どうだった?」
「ああ、最低の何者でもないわ。トロールじゃあなかっただけマシね」

嘆くアマンダの隅では秘かに自身のレポートを見遣る。今までは絶対無いと断言出来る成績である素晴らしいという意味でのエクセレントが羊皮紙の片隅に綺麗な字で書かれていた。喜べばいいのか泣けばいいのか解らぬスネイプの不可解な行動にはついに我慢しきれずに(それでも魔法薬学授業中には必死で耐えた)次の授業手前の移動中に泣き出してしまった。自分自身でも解らない感情に呑まれた結果、アマンダは行き成りの事に驚きを隠せないでいるし、ベスは今まで見たことのないの感情の吐露に開いた口が塞がらないと云う、廊下のど真ん中で見世物になってしまった。

周りに集まる生徒を散らす役目を担ったアマンダは瞬時に我に返りその役割を寸分も違わず遣り遂げ、直ぐに泣きじゃくるの腕を引っ張り医務室へと連れて行った。ベスもその二人の後を慌てて追いかけていくが何で泣いているのかはさっぱりだ。医務室内でも相も変わらず涙を落とす彼女に何か理由でも無いかと手持ちの物を探ってみたりして、もしかしてレポートの評価は散々だったのかと教科書から飛び出している羊皮紙を掴んで読んでみたが驚く事にアマンダ自身よりも、ベスよりも一番善い素晴らしいの文字。では魔法薬学に関係する事ではないのかと色々と探りを入れて見るも全くもって涙の理由がわからなかった。堪えきれずアマンダが唇を切る。

「ねえ、どうしちゃったの。最近可笑しいわ。パイにカボチャジュース、薬学での失敗無し、薬草学での不服無し、素晴らしいレポートに涙。今までの貴方じゃあ考えられない」

ひくっ、と涙を飲み込む音がアマンダとベスの理解を一層難しくする。
何故此処まで涙する理由が彼女にはあるのだろう、殆どの時間を共有する友人が何か悲しむ事があれば直ぐに解る筈なのにそれが解らないとなるとほとほと彼女達は困った。それと同時に顔を出したマダムポンフリーに状況を説明し、二人は名残惜しむかのように何度かを見た後医務室を出て行った。残されたは何故悲しいのか理由が捕まえられず涙だけがぽろりぽろりと落ちるばかり。マダムポンフリーが情緒不安定だと診断するのも頷けた。

マダムポンフリーが許可した為、はベッドへと向かったが眠れる気はせず、腰掛け溢れる涙の原因をひとつずつ考えた結果直ぐに答えは見出せた。ただそれを認めるまでには至らないのはどうしても彼女がスネイプへの愛情を理解したくなかったからだ。夏休みという短いようで長い期間で嫌いな教師への感情が恋へと変わる等と思いたくなかった、何故と聞かれても本人にもわからなかった。

(私は、あの人の事を、)

何度繰り返そうが行き着く場所はひとつしかないと云うのには一向に自信の心を認めたがらなかった。それは無意識に男の中にある秘めた闇を垣間見ていたのかもしれない。それでも少女は涙を流す事を止められないし、陰湿でホグワーツ一嫌われている男であるスネイプへの想いは一向に変わらない。彼女がそれを認めるまでは名前も分からない痛み、のままだが。ぐずぐずになった顔面を綺麗な枕に叩きつけると一番先にぶつかる鼻先がじんじんと痛み出したがそれ以上の苦しみが彼女を襲っているから全く気付く様子はなかった。

恋を煩った経験のある者ならば鼻先の痛みの方が幾分もましだと知っているだろう。
は様子を観に来たマダムポンフリーの声がしても尚顔を枕から上げる事はなかった。