( 27:君に降る雨はいつだって )

実験中、いつものように粗探しをし始めた陰険教師を一瞥しながら自身の鍋に材料を入れていくは、この間の事が嘘のように晴れ晴れとした顔をしていた。友人達を始め、その姿を見遣った男は初め眼を剥き、別人かと訝ったが暫くそれが続けば彼女そのものだと認めざるおえなくなった。はこの短い間に感情を表立って出すことへの制御を覚えただけであって心の内では魔法薬学教師の顔を見るだけで胸が押しつぶされてしまいそうだった。

教科書をにらめ付けながら上手くいかない鍋の中の惨状に顔を顰める。教科書通りに行けたなら澄んだ青色になる筈だったそれは、幾らが授業に真剣に取り組むようになったからと云って(この間偶然素晴らしいをもらったとしても)その指先の不器用さまで操作することは出来なかった。普段通りに戻った彼女に教師は今までの冷たさが嘘のように元に戻り、夏を迎える前の陰湿な男に逆戻りした。(それでいても名前を呼ばれるのは稀であるし、視線を合わせる事等皆無に等しかった)そんな厭な姿を見ても既に遅く、男の心の一部に触れてしまったは厭な男だと切り捨てることは出来ず、一度芽生えた恋心を胸の奥深くに押し込めて何でもないと偽ることでしか男と対峙出来なくなっていた。教科書へと眼を向けていた間に机の向こう側で見ものだと唇の端を上げ、少女の鍋を覗き見ている教師に感情の制御を忘れていたの手元は余計に狂ってしまい、火から下ろして入れる筈のものが煮えきっている鍋の中に落下していく。それが危険である事を理解していない少女と、流石教師と云った処か、直ぐに間違いが眼に入り静止の声を上げるが間もなく降りかけられたそれは液体と接触し、一瞬の間に液体は好き勝手に鍋から飛び出していった。

「——……!」

咄嗟に鍋から顔を背けたに何かを叫ぶ低い声が近くで聞えた。じわりとゆっくり染み入るように痛み出した左肩が異様な程に熱を持っている。沈黙、悲鳴、それぞれの声が四方八方部屋に飛び散って傷みに呻き声を上げながら、眼を開ければ自身が闇に溶け込んでしまったのかと思う程黒い世界が少女を覆っていた、そして視界を上げても続く闇に思わず声が裏返り、悲鳴のような声が喉から出る。さして変わる事のない難しそうな皺達が彼女を笑っていた。肉の焼け付いた匂いに嗅覚を刺激され顔を顰めれば漆黒の男はの痛む左肩を思い切り掴み上げながら怒鳴り声を上げた。

「莫迦者!調合には注意しろと云った筈だ、!」
「……痛っ…」

男の掴む強さに傷を負った肩には酷い苦痛を与え、眼からほろりほろりと丸い水滴が落ち男の黒いクロークに染みこんでいく。男はそれを気にも留めず、肩を掴む強さを緩めない。

「この程度の怪我で済んで幸運だったと思え、下手をしたら死んでいたのだぞ!」
「……っま…せ、ん」
「謝罪等結構だ、さっさと医務室にでも行くがいい。此処に居られても授業の妨げになるだけだ」

スネイプはやっと掴んでいた少女の肩から手を離し、立ち上がった。クロークを翻して続きをと呆然としている生徒に苛立ちを隠せない声色で告げれば慌てて作業に戻り始める。は吹っ飛ばした液体達が自身の周り以外には飛び出していない事に驚き、視線を上げれば彼は既に他の生徒の鍋を覗き込み減点に熱を入れ始めていた。顔を伏せたにアマンダは不安を拭いきれない顔で声をかけようとするがその度にスネイプの鋭い視線が彼女を射る事によって叶わない。ローブを焼き焦がし肌が晒されているそれは痛々しく、はしだれた髪の毛によって表情を伺い知る事は出来なかった。

「まあ、どうして直ぐに来なかったんですか!」

は震える声を何とか押さえ込みながら、医務室へ行くと告げれば顔も合わせようとはせず教師は鼻を鳴らしただけだった。それを返事と受け取り、医務室へ足を運べば、歩き廻り他の生徒の治療にかかっていたマダムポンフリーは左肩の惨状を視界に入れた途端を叱りつけた。

「Mr.スネイプは何をしていたんです…嗚呼もう膿が出てるじゃないの」
「……私が、悪いんです」

そう言葉を紡ぐ彼女はとても頼りなさげに、ベッドに座りマダムポンフリーの言葉を殆ど聞き流している状態だった。怪訝な顔をしながらも適切な処置を施していく。しかし、そう簡単に左腕の痛みが引く事なく彼女を蝕んでいる、顔を俯かせながら感情を悟られないようにする行為を違えたマダムポンフリーは痕は残りませんよと先程と打って変わって優しく声をかけた。

そうじゃないと咄嗟に頭に浮かんでも言葉にはならず、労わる視線が消え去るのをただ待っていた。あの焼ける匂いは自身のものではないと気付いた途端、男の視線は変わりその先を云わせぬ圧力を彼女にかけた。翻るローブから、黒い色の中で微かに見える赤々とした肉体。服が崩れ落ち彼を傷つけていた事は明白だった。自身の失敗だと云うのに身を挺して怪我を負ったのだ、自身よりはるかに酷いであろうと簡単に予測できた。感情の制御なんて簡単に出来ると思い、自身を過信し過ぎていた。簡単に出来ず、男への恋心を隠し切れなかった所為で動揺が事故を起こした。悔しさで涙がぽろりと転がり落ち、後は面白い程簡単に床へ落下して行った。

スネイプの容態が気になったは地下室へ訪れていた。医務室から出る事を渋っていたマダムポンフリーをどうにか説得し寮へと帰ることを赦された。左肩がじりじりと痛むのは随分前に飲んだ痛み止めの効果が薄れてきた所為だろう、自室に置いてきた薬を持ってこれば善かったと後悔し、そんな事を思いながら降りていた長い地下階段の終点へとたどり着く。此処まで来たのは善かったがそこから先が進めず、途端にどうしたらいいのか分からなくなったは決死の覚悟でそれでいて遠慮がちに叩いた扉は長い階段に反響していく。反応はなく、暫くそのまま突っ立っていたがそれが数分にまで及ぶともう一度音を鳴らす。が、相変わらず無機質な音だけが響くだけで扉は開かる事はなかった。居ないのだろうか、と先程の尻すぼみな気持ちは何処へやら、扉に手をかければそれは簡単に中へと案内してくれる。驚き、数秒身体は硬直するものの自身の目的を思い出しそこへ踏み入れた。

「……教授」

光は自身が入ってきた扉からしか差しておらず、中は闇だけが部屋を覆っていた。
微かな恐怖を胸に抱きながら足を動かす。闇へ溶ける身体を止まらせ杖を掲げ、光を呼び寄せた。