( 03:春の塵をまぶした後に )

罰則だと云われ、実験で使った底に焦げ後がしっかりついた鍋を人数分洗うのに夕食時までかかり泣きそうになりながらやっている間ずっと陰険教師は教卓の前の椅子に座り監視するという苦痛を何とか耐えたは赦しを貰った直ぐスネイプが居る地下室から脱兎の如く逃げ帰れば迎え入れてくれた友人に今度は音声入りで莫迦ねと云われた。鍋はしっかりと汚れがこびり付いていて一つ洗い終わるのに三十分は費やした。それを愉しそうに唇を上げている教師は何て厭な奴だろうと満足な悪態も付けず必死になってやったのだった。

「スネイプ先生はあんなんだけれど、教え方は本当上手いんだから」

そう云いながら廊下を歩く友人はきっと全校生徒唯一のスネイプを褒める生徒だろうと頭の隅で思いながら口にせずそうかなあと顔を顰めた。言葉と表情のちぐはぐさに友人は噴出すのを見ながら嘘がつけないのは損だと嘆いた。

「薬草の匂いとか嫌いなんだもの。それに先生が先生でしょ、好きになれっていう方が無理」
「ああ見えて先生は優しいわよ」
「げえ、嘘だ」

この友人が云うのだから多少なりとも信憑性はあるのだけれど、にわかには信じがたく眉を顰めればけらけら笑うスリザリン生が数人通り過ぎた。そこでまた厭そうにすれば横腹辺りを友人が肘で小突きながら叱咤してきたにも関わらずは簡単にその表情を崩す事が出来なかった。それが運悪く眼に入ってしまったらしくその中の一人が卑しい笑顔を向け輪の中から出てくる、それを感じ取った他の仲間達も引っ付いて来る処を見るとその一人がその輪の中心人物なのだろうとはうっすら感じていた。仕方ないスリザリンとグリフィンドールは元来犬猿の仲とされてきたのだから、それも実害がなかったわけではないにしてみたら緑のネクタイを見ただけで顔が歪むのは必須だった。

下世話な笑い方を止めないその男が行き先を阻む。退いて、と普段の数倍刺々しさを増して見せても相手は怯む事もせず彼女達を囲んだ。六人居るスリザリン生は皆同じような表情を作り退こうという気は更々ないらしい。は深く刻まれる眉間の皺を感じつつ、隣に居る友人をちらりと見れば友人にしては珍しくおろおろとしていていつもは気丈夫な顔をしている彼女はその時ばかりはのローブを強く握り締めていた。普段争い事をしないような優しい友人を巻き込んでしまったのだと気落ちしながら、退かないと蛞蝓を吐く事になるわと脅しながら懐から杖を出し相手に差し向けてみれば相手の笑いは一層強くなり挑発する。そんな安っぽい挑発には乗らないと口元を緩め、友人の手を握り締めた。相手が杖を此方に向けて呪文を発す前に向けていた杖でそれを跳ね返しながら蛞蝓の魔法を使おうと唇が動いた、けれどもそれが声になる前にひゅん、と音を立てて杖は宙を舞っていく。驚く間もなくグリフィンドールから五点減点と云う厭な声が聞えた。

「…スネイプ先生、」

友人がその厭な声の主の名前を呼ぶ。
私はゆっくりと杖が自分以外の手に渡るのを見送ってから顔を見上げ、嗚呼やっぱりこの人かとスリザリン生を見た時のように顔を顰めれば相手も負けじと顔を歪めた。

「何だね、そんなに我輩が御厭かな」

湿った声が耳に入ると吐き気を催しそうだが奥歯を噛み締める事でぐっと堪え、何故スリザリン生は減点しないのかと口を開きかけて止めた。何故なら既にあの下世話な笑いをしていたスリザリン生は一人も残らず姿を消しており陰険教師はそれを見ながら勝ち誇った笑みを浮かべていたからだ。この男に気を取られすぎていたと吐き気を我慢する為に?み締めていた奥歯を余計に力を入れた。するとぎりぎりと歯の悲鳴が聞えてきてローブを掴んだままの友人は心配そうに名前を呼んだ。

「いいえ、別に。先生のような素晴らしい人に遭遇出来て嬉しいです」
「前後の文の脈略を考えて発言したまえ、グリフィンドール二点減点、だ」

そう云い残し杖を没収されたまま踵を返し、漆黒のローブを翻して行ってしまった男には腹立たしさを感じながらそれと同時に上手く立ち回れない自分の愚かさを再度嘆いた。いつしか友人の手は彼女のローブから離れていき陰険な教師が消えていった後を追いかけるように視線を向けているものだからどうしたの、と聞けば曖昧な答えしか返って来ず、首を傾げるしか出来なかった。

「頭が湧いたの?私は認めないからね、あんな奴の何処がいいの」

いつしか定番になったしかめっ面に慣れてから早五年と半年、友人は予想通りのの反応に思わず笑い出したくなってしまったが今はそんな時ではなかったと頬を強張らせた。云い訳は受け付けないと云った頑固さを提示してくる彼女に友人であるべスは困ったように眉を下げた。頭が湧いたというより今の季節を考えれば春の陽気さにやられたのと云った方が説得力があると苦笑いする。頭が変だと云われようとべスは彼の事が好きで仕方ないし、幾らがなんと云おうと気持ちに揺らぎはなかった。そういえば春はもう終わり始め、雨が少しずつ増えてきたようにも思えるとべスは友人の怒りに触れまいと黙っておく事にした。そうは云ってももう既に遅いのだが、云ってしまった事は修正が効かないのだから仕方ない。

「大体、べスならもっと素敵な人が居る筈でしょ。よりによって何であんな年寄りと」
「もし付き合えたとしてもあんなネチネチした性格の人と長く持つわけないじゃない」
「べス善く考え直してよ、お願い。……、本当こういう時は強情なんだから、分かった。応援する」

折れた彼女にべスは途端に表情が華やかになりそれを見たは複雑な気持ちを抱いたままだった。勿論友人としては然るべき事はしてあげたいと思うのだけれどその相手があの陰険教師、いつも地下室で茸を栽培しているのではないかと疑ってしまう程湿りっけのある部屋に殆どの時間を費やしている、顔も悪くない筈なのにいつも眉間に皺を寄せ全てのものを嫌悪し特にグリフィンドールを眼の敵に減点と説教を生き甲斐とするような男だ。それを友人のべスが好きだと云うのだから笑えない、好きな男の悪口など聞きたくないだろう友人に明日からどうやって陰険教師の捌け口を探そうと頭を痛めた。そんなを他所にべスは嬉しそうに表情を綻ばせながら魔法薬学の教科書を捲っていた。その本を見ながらそう云えば杖は没収されたままだと思い出し世界が渦を巻くのを感じながらすっかり気分で重たくなった身体を持ち上げた。