( 04:光を吸って金色になる )

杖を返して貰おうと厭々ながらも普段授業以外では通る事のない廊下を渡り、地下室へと足を運べば途中の階段で既に気分が悪くなり戻しそうになった。けれども杖がなくては明日の変身術などに支障を来たす、それもマクゴナガル先生なら尚更だった。仕方なしに扉の前まで来れば外にまで漏れ出す勢いの湿り気が彼女を襲う。本格的に気分が悪くなりながらは思い切って扉を叩いた。何度か叩いた後酷く不機嫌そうな声が中から聞え古い扉はぎいぎいと音を立て開いた。中をゆっくり除き見ようと顔を突き出せば頭上に衝撃が走る。驚いてその場に蹲ると上の方から低い声がした。予想をつけるなら頭にぶつけたのはこの教師の胸板らしかった。

「痛い…」
「ふん、自業自得ですな」

そう云いながら教師は部屋にさっさと入っていってしまうのを慌てて立ち上がり中に入る。相変わらず茸栽培に適した場所と云っていいくらいの部屋に顔を顰めていると何処へか消えていた教師が奥にあるらしい部屋から出てきて杖をおざなりに投げた。驚いて宙に浮いていく杖を何とか手中に収める事が出来、安堵の息を吸えば眉を険しくしたままの教師はさっさと出て行けと云わんばかりの視線を向けた。

「用は済んだ、さっさと出て行け」

予想通りの言葉が降りかかってきた事に笑いそうになったのだが、この状況では笑えないと必死で堪えるのを鋭い男は気が付き、グリフィンドールを苛める時の意地の悪い顔になる。

「それとも、何だ。罰則を受けた…」
「いえ、杖返して下さってありがとうございました、失礼します!」

最後まで聞く事なく扉の向こう側へ消えた忌々しいグリフィンドールの生徒にスネイプは盛大な舌打ちをしてみるがその音が向こう側に響く訳がなく、早々に諦め自室へと身体を滑り込ませて闇へと消えた。は必死に階段を駆け上がり、空気の悪循環さがいつもよりも酷かったと息を切らせ、空気を思い切り吸いながらいつも吸っているなんて事のない空気は本当は素晴らしいものなんだと心から思った。

好きだと云う事を聞いたからと云って直ぐに進展があるわけでもなく、いつもの何ら変わりのない日常が過ぎていくだけだった。ただそこにスリザリン寮監への悪口がなくなっただけで変わりは無い。は友人が好きだというのだからと日々黒尽くめの男を観察して見るも特別善いと眼がいった出来事はなかった。注意力を余計に向けた所為で以前よりも厭になってしまったという事は依然彼女には伝えられていない。相変わらずのスリザリン贔屓には眼を見張るものがあり正義感が強い彼女は不平な事を云うスネイプが嫌いで仕方なかった。

「本当、人間って分からない事だらけ」

一人呟いてみてもそれを聞くものは居らず中庭のベンチに腰掛けて、珍しく向かいのベンチずっと奥の方で陰険教師がいつもの風貌で本を片手にいた。どうしてこうやって善い所を必死に探しているのだろうと偶に疑問に思うのだけれど既に日課となってしまった行動は止められない処まで来ていた。次は嫌いな匂いを纏わりつかせないといけないスプラウト先生の授業だった事を思い出し気分は急降下する。べスはあからさまに魔法学教師を眼にすれば顔を朱くし恥ずかしそうに挨拶をするのだ、それを相手は少しばかり驚いて挨拶を返す。グリフィンドール生に挨拶されるのが余程珍しいのだろうと考えた。勿論隣に居たは挨拶しようとも考えずに、隣から友人の批難が飛ぶのも気にせずこれだけは譲れないと頑固たる決心を結局べスは崩す事が出来なかった。

溜息をつきながら距離のある向こう側のベンチで本を物凄い速さで読み進めていく男をちらちらと監視した。何で、本当に、訳が分からない。偶に外に出たとしても本を読むだけに限定しているなんて勿体無い話だ、べスと並んだ処で似合う筈がない。べスは見掛けも中身も同等で、大人びており根元から数センチ下にすれば細い甘栗色の髪の毛はウエーブを描いて肩まで垂れている。顔つきも可愛さと美しさを両方かけたような顔で女であるでさえ羨んでしまう。自身は東洋人であるから髪の毛は極一般の黒に限り、髪質も顔つきも至って美しいと形容されるようなものでもない。掌で髪の毛を撫で付けてみても何も変わらないのだと理解していたものの何故か手は自然と髪へ向いた。

(善い処を一つでも見つけなくちゃあ、認められない)

そう思いながら誤魔化す為の本を片手に監視を続けてみるがベンチに座り本を黙々と読んでいるだけでは善い処等一つのに何年かかることやらとげんなりした。知らず知らずの内に睨みを利かせていた彼女の視線はスネイプにしかとぶつかる。元々気が付いていたスネイプはそれに観念したかのように顔を上げる。(観念したというよりはうっとおしかったかもしれない)ただしいつもの五割り増しの皺を眉間に主張させながらだが。誤りもなく睨みつけられ驚く彼女は思わず読んでいる振りをする為の本を見事に地面に落とした。読んでいない事が瞬時にばれ、否元々ばれてはいたのだがそんな事は露ほどにも知らないはそこでやっと背中から冷や汗が流れ落ちるのを感じた。

スネイプは自身の読んでいた本を少々乱暴に閉じたかと思えばローブを風にはためかせ、ゆっくりとした動作でしかし着々とに近づいてくる。は身の危険を感じ、持ち合わせていた本を地面に落としたまま近づいてくる教師の呼びかけにも気付かないくらい走っていった。