( 39:君を覆うやさしい銀河 )

日々はあっという間に過ぎていった、と云うには体力を使いすぎた気がする。
時々『また痩せたんじゃない?』という友人の言葉がいい証拠だ。その理由はおそらく、と推し量らなくても分かっていた。あの日を境に友人たちからも、からも、ある人物の名前は消える。まるで、『名前を呼んではいけない例のあの人』の畏怖を彷彿とさせるかのような扱い方を、指摘するでもなく、雰囲気が暗黙の了解を肯定させた。

「あと一週間で卒業かあ、実感わかない」
「本当にね。一時はどうなるかと思ったけれど」

アマンダの示唆するところは、つい三日ほど前に起きた騒動についてだった。
当事者であるベスを一瞥する眼には、仲介の気苦労がまざまざと浮かんでいる。しかし、それに対して彼女が身を小さくするかと云うと、全くなく、諭すよりも諦めの溜息を落とす方が早い。卒業間近になってまで、友人の恋愛騒動に巻き込まれるなんて、とアマンダは云いたいらしかった。

も、災難な一年だったし」

騒動の当事者は、まるで他人事のようで、を見る。
彼女は、梟小屋落下事件、のつもりで口にしたが、それぞれ思うところは違うようだった。すっかりもとの調子を戻した桃色の頬は、みるみるうちに青々とするし、かたや、天敵にでも遭遇したような険しい顔つきを見せる。自身に向けられる批難には気付かないが、他のことには敏く察しを示したベスは、『あれまぁ』と唇を両手で隠した。

「違うわよお。件の手紙の君、あれからうまくいかなかったのでしょ?」
「ベス!」
「の、割にはダメージは少ないようよ」

それぞれの思惑が噛み合わないようで、咎めた声のものと、その間を抜けるもの、は衝突を起こさない。ベスの云わんとしたことは「手紙の君」と勝手に命名した、元グリフィンドール生の青年について。アマンダの鋭さは、暗黙の了解になってしまった、人物についてだった。どちらとも案件に絡んでいるものだから、かけ違うのも無理はなかった。

ったらおしいことをして」

反故にしたも同然だった約束は、後日なんの障害もなく、果たされる。
気を利かせた友人が、梟便を飛ばしておいてくれたお陰で、反感を買うどころか、むしろ心配されっぱなしの質問攻めに合うくらいだ。うまくいく、そうはじめは自身も思ったのに、それが何度か続くと窓を叩く梟を見るだけで、事故を装う算段や、羽を毟りたくなる衝動を我慢しなければいけなくなった。

「だって…会うたびに「痛いところはない?大丈夫?」って聞くんだもん」

友人ふたりに何度説明したことか、とは唇を窄める。度々口にしているのに、随分都合のいい記憶力だ、と思った。

「まぁ、でも落ち込んでないところをみると、ベスの云うとおりみたいね」

たまには当たるものだ、とアマンダがぽつりと付け足して、それにいつもの調子でベスは、のんびりと批難をした。落ち込むもなにも、付き合ってすらいない。ただの友人としての文通に、どう落ち込めばいいのだろうか。確かに、半ばやけくそになって、いいかも、と暗示を自分にかけてみたりもした。けれど、性格上容易く済む話ではなかった。

「社会人になったらもっと世界は広がるんだから!」

戯れ合いともとれる云い合いが終わったらしく、どちらかが投げてきた言葉に、判断しかねる中『ねえ!』とふたりで意気投合して終わってしまった。はどの方角へ建物があろうと、陽が差し込む談話室の不思議な窓を見つめた。

陽は昇ったばかりで、憂いを持つにはまだ早く、かといってしゃかりきに何かをする元気もでない。身は随分軽くなり、制服の袖を折っても鳥肌が立つことも少なくなった。高い位置からの景観も、指折り数えるほどで見られなくなってしまう。なんだかんだ莫迦みたいなことで騒ぐ友人たちも、それぞれの進路先を決めている。あとは式典に参加するだけで、学生生活に幕が閉じるのだ。

「鳥だ…」
「鳥が飛んでるなんて珍しくもないじゃない」

聡い耳がいち早く察して、呆れ口調で独り言を打ち返される。
これといった理由もなしに、溢した言葉を瞬く間に打ち返されると、空に彩りを加えるそれらが不憫に思えた。
日々は順調に過ぎていくのに、物足りないような、胸に空洞があるような気持ちだった。
雄々しき勇敢を掲げた寮のネクタイを締めた自身は、それに見合う行動をとれただろうか。そう、思う。潔く、賢く、勇敢、のどれもが卒業間近になって当てはまっていないのでは、と意志にばらつきを起こしている、そんな感覚だった。

意図しなくなると、広い校内では偶然にもばったり、ということも本来出不精な人物だからか、陽の当たる場で眼にすることはまずない。それでも度々は大広間で、青白い顔を覗かせていたりすると、あんな台詞を吐いたにも関わらず、何度も息が詰まった。

「大丈夫?…って最近多いわね」

それをいい加減、ある人物の前でだけ繰り返すものだから、色々と黙っていたものも、水の泡になってしまった訳だが。

追わなくなった黒い影が、脳裏にちらつくたびに、気のせいだと分かっていても向けてしまう自分が厭になった。談話室で、占い学で、寝室で。様々な処で幻覚を感じるものだから、とうとう先日、動く階段の上り途中で横切った烏羽色に気を取られて、足を踏み外しかけた。梟小屋の惨事を再び繰り返すところだった。

『——……してる——』

そして影を映す度、厭になるほど、聴き覚えのない言葉が、呟かれ耳にした覚えを訴えてきた。一度改ざんされた記憶では、誰かのものと混じってしまった可能性も否めず、それが『名前を呼んではいけない例のあの人』さながらの人物の持ち物しか考えられない。しかし、それを問いただすきっかけも、何も持ち合わせはなくなってしまった今では、どうすることも出来なかった。いざ、一人で平気、と高を括ってみたものの、随分水増しさせた虚栄心だと思った。

そして、あれよあれよと云う間に時間は去っていき、は入学した時のような緊張感を纏う。はじめの時と違うのは、随分伸びた背丈と大人びた顔つき、無学だった自分—誰かを想う喜びや痛みも分かった。それが叶わないということも。自分はおそらく、少なくともそういう面では変化したのだろう。

早朝から身支度に勤しむ友人に、半ば無理やり濃いめに施された化粧は、居心地が悪かった。もぞもぞとローブ下で身じろぐを他所に、式は始められた。

「本日は誠にめでたい…おめでとう。これで君たちは晴れて一人前の魔法使いとなる。ここでの出来事は一生の宝物となろうぞ」

半月型のガラスの向こうで、校長は高らかに云うと、それを合図に天井から花が舞う。
たっぷりとした白髭の下からでも、その唇は喜びに満ち満ちていて、少なくとも二回は曲がっている、と噂される鼻は、某薬学教授との乱闘の末…というホグワーツの怪談を彷彿とさせた。教師軍は各々、担当する寮のシンボルカラーの入る正装に身をつつみ、祝いに手を叩く。最も派手に着飾った偉大な魔法使いである、ダンブルドアのふた席隣には、特別感のないクロークを肩から流す男が鎮座している。

「スネイプのやつ、祝いの場でもあれかよ」

左前で同じく、卒業する予定の男子生徒が、ひょろりとした身体をやや横に折って、耳打ちする言葉には肩を揺らし、眼を張った。自分の周りでは沈黙の誓いのおかげで、聞くことのなかった名前が滑るように、流れ込んだ。血が沸騰するかと思うほどの、体内上昇に頬は、勝手に朱く染まる。真っ黒な風貌に釣り合わない青白さが、僅かに動く気配がした。

ダンブルドアのように、全ての寮を祝おうとする気持ちが全面に押し出された、眼に毒な衣装よりかは、幾分マシに思える。在学中の鬱憤を、ここぞとばかりに発散しようという算段に『耳から延々と蟻が出てくる呪い』をかけようか、とホルダーに指をかけそうになる。あまりにも黒々とした塊が、きらびやかな衣装の中で微動だにしないものだから、一本調子の、男の頑迷な部分が思い切り浮いてみえて、思わず口元を緩めた。そう、ほんの少しの笑いだった。

「いつでもホグワーツは君たちの家であるよう、そう願っておる」

翁の言葉に背後から、鼻水を啜る音が聞こえ出す。
そこから少しずつ、ちらほらと増える音にはただ、前を見つめる。ダンブルドアは一通り云い終わると、テーブルに置いた両手を離した。赤く染まる右袖と、緑に染まる左袖が同時に天へ向かうのを辿ると、それは嫋やかに弧を描いて紙吹雪に変わる。ああ、もうすぐ式が終わる。それが済んだら全てが過去になる…振り返ろうとしても、戻せない栄光となってしまう。

『——ぱちん——』

静電気にあたってしまった時の、痛みと驚き、不意に見慣れた色味が脳裏にこびり付いて、時が止まる。
頭のてっぺんから足先まで、固まる身体を他所に、紙吹雪と花は絶えず降り注いで、いい加減止めなければ大広間を埋め尽くさんというばかり。色鮮やかな視界の中、ただ一点だけは黒々と、何色にも染まることを知らない。視線を妨げているにすぎない、素通りした『何処か』を見ている、とも思ったのにそれは、確かにを映していた。

「………せんせ…」

ぐずぐずと盛大な音の集合体が、そこかしこで合唱している中でも泣けなかったのに、憤りも感じない黒点が、自分を見ていると分かっただけで、ぽとりぽとり、と胸に雫が落ちた。

「……すき…」

塞き止められていたと云わんばかりに、次から次へと落ちる涙は、すぐに周囲と同じかそれ以上になって止まらなくなった。一気にボヤける視界の先が、やや見開かれたように感じるのも、都合のいい解釈だと思う。あまりにもわんわん泣くものだから、いの一番に鼻を啜ったバジル・マクドナフの感涙を止めて、合唱の先頭に立って嗚咽を漏らした。ああ、莫迦だって呆れられた。今更何を云っているんだと、思っているに違いない。滲む視界で分かったのは、雄大な白髭が上に持ち上がったことくらい。最後くらいは、と格好つけようとした思惑は、とても脆く繊細だったようだ。

「ああ…折角綺麗にお化粧したのに」

式典の終わりに飛んできたアマンダの眼元は、化粧の色味ではない朱みがあり、説得力に欠けるし、文句を云う口元は緩んでいた。それよりもずっと酷い有様になっていることは、想像に難くなく、は曖昧に笑うと『終わったからいいの』と納得させる。

「あの、バジル・マクドナフがハンカチをくれるなんて…実は好きだったんじゃない?のこと」
「ええ…?ないない、そんなの」
「あ〜、私もそう思ったあ」

あまりの泣きっぷりに見かねて、すっかり止めてしまった涙腺を咎めるでもなく、ハンカチを差し出してくれた。在学中での彼の行いは『あの』と云われるだけあって、無骨で愛想のない人だったとも記憶していた。けれど、それは云い換えると取り繕っていないそのものの、人となりということだ。

「さっきのがほぼ初対面みたいなものだし…」
「そういう処から恋は芽生えるものよ」

式典の時のようなしおらしさはどこへやら、もうすっかりもと通りのふたりだ。
恋は当分、芽生えはしないだろう。どんな人が現れても、きっと思い出してしまう。ハンカチを掴む親指は、太く男らしい豪快さの裏側に、分かりづらい優しさを持っていた。それは、眼に見えて教えてはくれない、内側では山のように持っているのに、けれどそれが、とても好きだった人に似ている—とぶり返しそうになり、慌てて首を振った。それを見た四つの眼は『まんざらでもない』と決めて、ニヤニヤとだらしのない顔をしている。

「最後なんだから、なんでもアリよ」

と、云うものの、それは卒業する側が云えることであって、残る者にしてみたらまだ長い延長線を行くのだから。滅多な言動はできそうになかった。手の中には返さなくていい、と云われたハンカチが、じんわりとした重さを訴える。もしかしたら、バジル・マクドナフも、最後になしだった行動を、ありにしたくなったのだろうか。

身体中の水分を出し切った感をふしぶしに感じながら、中央へと視線を向けても、もうそこには夜を纏う人物は居なかった。

の就職先は魔法使いとは無縁の仕事だった。
母国に帰国することも考えたりもしたが、七年もイギリスで過ごしていると、こちらの方が何かと便利になってしまった。電話先で母親の『恋人のひとりやふたり、』の言葉が、帰国すれば毎日のように耳元で叫ばれるのか、と考えたら距離がある方が良かった。

アマンダは秀才だった為、晴れて公務員の仲間入りとなり、魔法省の闇祓いで大活躍している。対してベスは、就職先で『運命の人』と出会い、半年足らずで籍を入れて退社した。学生時代に厭というほど聞かされた、運命という言葉が、彼女の身を結んでくれたのだから、良かったと思う。はと云えば、ロンドンの郊外からやや離れた場所にある、クリーニング店に勤めている。日に来る客数もそれほど居らず、かといって暇ではなく、表側はひとりで切り盛りしなければいけないものだから、それなりに忙しかった。

『スコージファイ(清めよ)』と唱えればある程度はなんでも綺麗にはなったが、そもそも魔法を使ったあれこれが得意ではなかった為、雑な仕上がりになることは眼に見えている。その上、苦肉の策から得た職場だ。細かい作業は工場へと回して、専ら洋服の仕分けと、受付に勤しんでいた。とは云え、この間もタグの付け間違いをしてしまい、ワンピース型セーターを、腹部までなんとか隠れる丈にまで縮ませてしまった。不器用はどこまでいっても不器用だった。

『眼が黒いうちに連れてきてくれなきゃ…』
「はい、はい…いつかね…」
『いつかって…あんたねえ…孫の顔だって…』
「その話はまたね、じゃあね」

通話口から耳を離して、途切れ途切れになる常套句を適当に相槌を打って終わらせる。
就職してから半年、週一の頻度で、この程の話題のために連絡をしてくることに、ほとほと厭気が差していた。かといって、親の望むような相手は一向に現れることはなく、外の世界でもの視野に変化はない。当分、と思っていたことは当たり、どんなに良い人が現れても、ちらついてしまう。黒い垂れから覗く眼光や、甲までも覆う長い袖の先の神経質な指先。その場を飲み込んでしまうような大きな黒煙が、半年経った今でも、忘れられなかった。

「いらっしゃいませ」
「これ、お願い」

扉に付けた鈴が高らかになるのと、長細いテーブルにどさり、と大きな紙袋が置かれるのは、ほぼ同時だった。
作業着だからか、男臭さが鼻をかすめる。工場の仕事人らしく、お金を差し出す手先は煤汚れて、指は太く頑丈そうだ。手先が汚れる、薬草を終始手にしていた男は、時々指先を緑色に染めていた。この近辺は工業地帯だからか、作業着の持ち込みが多く、量もそれなりにある。風格のある身体を持った男は、受付を済ませるとさっさと出て行った。その似ても似つかない背中に、何度、痩躯の男を重ねただろうか。そして度々訪れる客に、何度、男との共通点を探ったことか。

『まだ、アンタあの蝙蝠のことを想ってるの?』

先月久しぶりに逢った友人の、開口一番の言葉がこうだ。
お互いの忙しい中でのすり合わせに、懐かしい筈の友人は、まるで先日も逢ったかのような知りように、ぐうの音も出ない。卒業を皮切りになくなった沈黙は破られても、隠語でしか呼びたくないほどの人物なのに、度々話に登場するのは殆どの所為だった。

『半年経ったら、やめるって約束でしょう。そこかしこに、あれより良い人はいっぱいいるわ』

闇祓いに就いてから、元からの度胸に上乗せされて、言葉も随分逞しくなった。半年間で自分の気持ちに折り合いを付けて、やめると。そう約束をした。その間に良い人ができたら、と云うのがアマンダ的の理想だったらしいのだが、主張しないなりにももまた、それなりの頑固さがあったようだ。

『私の処だったらまだ学校関連での繋がりもあるけれど、そこらへんってマグルしか住んでいない地域でしょ?蝙蝠と出会うなんて、まあまずないじゃない』
『実技でからきしだった私には、ね』

そう云って、なあなあにした。厭な問題から逃げ出すのも、学生時代から抜け切れていない悪い癖だった。云い訳だと分かっている。もし、本当に想っているのならば、式典のあとにだって追いかけられた。そうでなくてももっと前に。もう一度でいいから、告げてしまえば今以上には、過去の残像に捕らわれることはなかっただろう。

「分かってる。もう繋がりはないのも…」

そしてその繋がりを断ち切ったのは自分の意思だ。
魔力が上手く操られない、というのは逃げる為の程の良い言葉で、もし、実らなくても近くで、と思ったのなら魔法薬学に通づる職に就けば良かったのだから。薬学を愛し、精通する者ならば、そんな理由で足を突っ込まれても困るだけの話。益々疎んじられるのは、眼に見えていた。不純な動機を浮かべても、実行しなかったのは、自分が傷つくのが怖いだけだ。相手を想っての結果ではない。

「……あ、」

戻れもせず、前にも進めない意固地な頭でっかちが、無理やりに渦を巻こうとするものだから、手にしていたホッチキスが勢い余って、かしゃん、と洋服を留める。本来穴が開かない場所に、小さな針穴が開いたうえ、首襟を思い切り閉じてしまう。このままだと首無しニックのような風貌になり、生身のゴーストの完成だ、と思わず綻んだ口元に針を刺して、また工場長に怒られてしまう…と目尻を下げて、反省のていを成した。そして、誰もいないことを良いことに、こっそりと持ち歩いている杖を、隠しポケットから取り出す。

「—直れ—」

テーブルの下で呪文を唱えると、繊維は意思を持って一度離された相手へ絡んでいき、瞬く間に何事もない状態へ戻った。
時々、失敗した洋服を直すくらいの不正は、多めにみてくれてもいいだろう。何せ、魔法使いが魔力をひた隠しにして、マグルと混じり生活をしているのだから、と正当化させている間にカラン、と小気味好く鈴が鳴った。気を取られていた為か、すっかりは気がつかなかった。

鈴は何故かぴったり一回鳴っただけに終わり、するりと入り込んだそれは、あまりにも物静かに動くものだから、更に遅れた。俯き加減の視界が、ふと影を差して、他者の存在を知らせてから初めて、は頭を上げる。

「…………え…?」

人並み外れた気配の消し方は、ここの処経験していなかったからか、言葉を取り戻すのに暫くの時間をかけた。なぜ、は白くなったキャンパスに何を描けばいいのか、さっぱり思いつかない。秘密裏に所持していた杖は、乾いた音と共に埃っぽい床を転がって、もう一脚置かれた椅子の脚の元で止まった。杖を取りこぼすなんて、魔法使いにあるまじき行為だ、眉間いっぱいに線を描く男なら、きっと、そう云う。キャンパスに描かれたのは、そんな仏頂面を携えた姿だ。

「…こんな処で魔法を使うなど…感心しませんな」

窓の光と、突然の闇についていけず、輪郭でしか把握出来ない相手の様々は、それだけでも、十分すぎる。風に乗ったであろう薬草の匂いに、今更ながらに気づく。男は固まって動けないを、叱咤するように、かといって学生に諭すような仰々しさはなく、低くよく通る声色で呟いた。