( 07:その骨は羽根の名残り )

スネイプは回収した宿題のあまりの出来の悪さに腹から込み上げる苛立ちと怒りを羽根ペンを指先で強く握り締める事でなんとか耐えながら添削していく。あれ程授業で云っているにも関わらずどれもこれも下から数えた方が早いという程に酷い。スネイプは何故自分がこんな事を毎日しているのか莫迦莫迦しく思えてくる日もある、今日がまさにそんな日だった。誰一人として上から数えられるようなものが無いと舌打ちをする。それと同時に羽根ペンを墨の中へ荒々しく突っ込む事によってインクは四方八方に飛び散りまた彼を苛立たせた。

一息つこうと思った頃には時計の針は添削を始めた日を過ぎていた。
今日も徹夜になるだろうと眉間の皺を一層増やしながら紅茶を入れる為に腰を上げる。缶から紅茶の葉がはらはらと落ちていくのを入れすぎないようにと見張りながら(此処でもやはり眉間の皺が自然と濃くなる)葉の入ったティーポットにお湯を注ぐ。正確に時間を測る為の砂時計を隣に置いたスネイプはソファーに沈み込んだ。逆にした砂時計は静かに砂を零しながら時間を知らせる、それを眺めすっかり上に砂が無くなった頃にそれをカップに注いだ。嗚呼、善い香りだと堪能した後、喉へとゆっくり流し込む行為は唯一の安息だ。

此処数年は安らぎが全くなかった、と云うのもある寮のある生徒が授業をする度に問題を起こすか遅刻をするのだ。前者ならば他の生徒も毎日のように問題を起こす(爆発させかける、鍋処か机まで溶かす、液が飛び散り斑点が出来るその他もろもろ)まだ眼を瞑っていられる程度だったのだが、後者の場合はそうではない。スネイプがその度に罰則を与え、減点をしてもその生徒は相も変わらず遅刻を続ける。自身に対する侮辱だと考えている彼はそんな生徒相手に年々増す過酷な罰則にも何のそのらしく、スネイプを見た処で逃げるよりも啖呵を切る性格らしい。それも、去年辺りでなくなったが、今年の彼女は反論しないものの顔に出さない努力も虚しくスネイプにその嫌悪を丸出しにさせていた。それをあえて針を刺さず黙っているのは彼らしくないのだが、前と比べたらだいぶましになったのだと自身に云い聞かせているからだった。どうにも彼女相手だと気が狂う、思い通りに事が進まないのはスネイプにとって一番の苦痛だと盛大な舌打ちを落とした。

(嗚呼、どうすればこの怒りを治める事が出来るだろうか)

もはや何をしても今の彼には苛立ちを増幅する事しか出来ない。
そして何故自分が此処まで苛立っているのかが分からなかった、紅茶を飲み干せばすぐさまそれを杖で一振りし片付ける。ダンブルドアが無理やりに置いて行った半刻ごとに梟の鳴き声が響く時計が鳴るそれを見やり聞きなれてしまった梟の声にまた苛立ち紅茶を一杯にこんなに時間を使ってしまった自身を呪った。何としてでもこの苛立ちの原因である彼女、をどうにかせねば、と終わりの見えない提出物の採点に取り掛かった。

空が薄明るくなってきた頃も彼は胸の奥から込み上げてくる怒気と葛藤しながら添削するレポートは全て下から数えるものばかりが溢れかえっていた、中にはそれ以上のものもあったのだが全てを羊皮紙にぶつけているスネイプにとってはどれも同じようなものだった。最後の一枚も最低な点数をつけた彼は重心が取れなくなった身体を持てる力で踏ん張り立ち上がれば忌々しい梟の鳴き声が七時を告げていた。

寝る事はもう無理だろうと諦めきったスネイプはそのまま地下室から大広間へ向かった。早朝からはまばらにしか人は居らず静かで善いと教員の席へ向かう。親しいものが見れば疲れ果ててしまっていると分かるのだが、何せ感情を顔に出す事を滅多にしない魔法薬学教授を見た者達からすれば機嫌がいつもとは比にならない、人を殺めそうな顔だったらしい。その声が聞えてもスネイプは減点する力も残っておらず目の前に魔法で出された食事を租借した。

「もう、ったらいつも起きるのが遅いんだから」
「ベスが早いの、私は普通」
「そんな訳ないでしょ、もう…」

聞き覚えのある声にスネイプは自然の摂理というかのように視界の端に入る彼女達の会話を自覚しない内に聞き入っていた。自身の無自覚にしている事を瞬時に気が付き手元が止まっていたと、隣に居るダンブルドアが愉しげに笑って視線を寄越しているのを気付かぬ振りをしながらスネイプは食べる気の失くした食事をそのままに退散した。早い時間の静かな大広間でスネイプは椅子を強めに引いた所為で反響していく音に一つ咳払いをし、何食わぬ顔でローブを揺らして廊下へ出た。内心はとても焦って、どうしようもなかった。ダンブルドアに気付かれたからではなく、自分自身の行動に驚いたからだった。

(何て事だ。我輩とあろうものが、忌々しい)

ローブが何度も跳ねる度に通り過ぎる生徒は身体を大げさに驚かせたが、スネイプはそれにも気付かない程頭は一つの事を占めていた。もう眠さ等彼には無く、ただただ驚愕に心奪われていた。もう一刻すれば受け持っている授業の予定が入っている筈だ、確か実習であってその下準備を早いがする事に決めたスネイプはその事を頭から除外する事に専念した。が、一刻後に始まったスリザリンとハッフルパプの合同授業で見事失敗をしてしまうのと遅刻魔の為に設けた罰則の時間にまたもやスネイプの頭を痛ませる出来事があるとは思ってもみないだろう。